「オートファジー」という言葉をインターネットで検索すると、「16時間断食をすると体の中で起こる」「体がリセットされる」など、いわゆるダイエットの文脈で紹介されている記事が非常に多い。中には「オートファジーダイエット」を紹介する記事までもある。
こうした情報の氾濫に警鐘を鳴らすのが日本オートファジーコンソーシアム代表理事の吉森保教授だ。「オートファジーをダイエットやアンチエイジングという文脈だけではなく、私たちの人生や生き方にとって重要なものとして知ってほしい」と語る。その真意を聞いた。
吉森保さん
一般社団法人日本オートファジーコンソーシアム代表理事
大阪大学生命機能研究科及び医学系研究教授
大阪大学栄誉教授
そもそもオートファジーとは?
日本でオートファジーという単語が広まったきっかけは言うまでもない。2016年、東京工業大学の大隅良典博士がオートファジーの研究によりノーベル生理学・医学賞を受賞したことがきっかけだ。
オートファジーはギリシア語で「自己」を意味する「auto」と、「食べる」を意味する「phagy」から名付けられた言葉で、「自食作用」と訳される。決して「曖昧」を意味する「fuzzy」ではない。
その名の通り、オートファジーは細胞が細胞内の成分を自ら食べる(分解する)機能のことである。酵母から哺乳類まですべての真核生物に共通した機能であり、私たちの体内でも日常的に起こっている。よくある「16時間空腹(飢餓状態)にしないとオートファジーはおこらない」という紹介は科学的根拠がない。
では、なぜ私たちの細胞は自らを分解しているのだろうか。現在の研究では、大きく次の3つの役割があると考えられている。
1.栄養源の確保
2.細胞の新陳代謝
3.細胞内の有害物の除去
オートファジーが発見された1950年代当時から「1.栄養源の確保」はオートファジーの大切な役割だと推測されていた。飢餓状態にしたラットの肝臓の細胞を観察して発見された機能だからだ。
しかし、2000年代に入り研究が進むにつれ「2.細胞の新陳代謝」や「3.細胞内の有害物の除去」といった役割も発見されオートファジーは大きな注目を集めている。特に、最新の研究ではオートファジーをうまく制御すれば疾患や老化の予防、治療に役立つ可能性までわかってきている。
オートファジーと健康寿命の関係
日本オートファジーコンソーシアムが注目しているのはオートファジーと健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)の関係だ。同コンソーシアムの代表理事である吉森教授はまず「加齢と老化は別の物である」と説明をはじめた。
「人間は『加齢』をすると『老化』をします。つまり、年を取ると体が衰えてくる。しかし、実は加齢と老化はイコールではありません。世の中には、加齢はしても老化をしない生き物も存在します。
老化を防ぐことができれば、老化に伴って発症する様々な疾患を予防することができます。それは健康寿命の延長につながります。いま、世界中で老化のメカニズムを解明しようとする研究が盛んに行われています」
多くの研究の結果、老化を抑制し寿命を延ばす方法はいくつかわかってきている。例えば「カロリー制限」や「インスリンシグナルの抑制」だ。こうした老化を抑制し寿命を延ばす方法はわかっても、その共通点ははっきりとはわかっていない。しかし、「オートファジーの活性化」が共通しているとオートファジーの研究者は着目しているという。
「オートファジーの活性化と寿命は関係していると考えられる。一方、加齢によってオートファジーが低下することもわかっていました。では、なぜ、加齢によってオートファジーが低下するのか。それが分かれば、寿命を延ばせると考えたわけです」
そして、2019年、吉森教授は加齢によるオートファジーの機能低下の原因を発見した。
「『ルビコン』というたんぱく質が加齢とともに増加していたのです。ルビコンが増加するとオートファジーが低下します。ルビコンを取り除いた動物はオートファジー機能が低下せず、寿命が1.2倍伸びました。さらにルビコンがないと、老化により発症するさまざまな疾患が抑制されました。」
つまり、オートファジーが低下しなければ、単に寿命が伸びるだけではなく、老化を防ぎ健康寿命を伸ばすことができる可能性がある。現在日本では、平均寿命に対し健康寿命は十年短い。多くの人が人生の最後の十年について、健康に問題をかかえる状態で過ごしている。
「オートファジー活性化は、この10年の短縮に期待できます。オートファジーの低下因子は『ルビコン』だけではありません。オートファジーを活性化させる成分や生活習慣もわかってきています。コンソーシアムとしては、『何が』オートファジーを活性化させるのか、オートファジーを活性化させると『どうなる』のか。正しい情報を発信していくことが使命だと考えています」
オートファジーの機能低下が関わっている疾患は、がん、パーキンソン病やアルツハイマー病、慢性腎症、加齢黄斑変性、骨粗鬆症、心不全、生活習慣病などが指摘されている。これらの疾患とルビコン、そしてオートファジーの関係性についての研究がまさに今、行なわれている。
日本オートファジーコンソーシアムでは、食品において「オートファジー」を訴求・標榜するために必要な表示基準・品質性能評価試験方法等の標準的な指針を定め、消費者の適正な製品選択を可能にすることを目的とし「オートファジー表示ガイドライン」を制定、運用を開始。上記は、同ガイドラインに従い適正な表示を行なった商品に掲示できる認証マーク
ではダイエットやアンチエイジング効果は?
一方で、世間でダイエットやアンチエイジングの手段としてオートファジーというワードが使われていることに関してはどうだろうか。
「大隈先生がノーベル賞を受賞した当時から『ダイエットにも効果あり?』という紹介をされていました。細胞が自分自身を食べるという機能から、そう捉えられていたのでしょう。
現在も世に中に様々な情報がありますが、間違いなく言えるのは『オートファジーをする』という表現は明らかな間違いです。先にも述べたようにオートファジーは体内で常に起こっています。同様に『オートファジーを活性化してダイエットしよう』も限りなく間違いに近い。オートファジーを活性化させる習慣や食事がダイエットになるとしても、オートファジーの活性化で痩せるわけではない。
アンチエイジングに関しては、ダイエットと同列ではありません。ただ、一般的に言われるアンチエイジングは、シミやたるみの改善、美白など皮膚、さらに言えば表皮細胞に対する対処療法ですが、そもそも細胞自体の機能が低下している状態で、栄養を与えても根本的な解決にはならないと考えています。細胞の新陳代謝と有害物の除去を行うオートファジーは、従来とは異なるアプローチで根本からアンチエイジング効果をもたらすことを示唆する研究もあります。
さまざまな細胞の老化現象を食い止め、細胞を若返らせる可能性があるのがオートファジー。その領域まで及ぶのであれば、それはもはや美容などアンチエイジングにとどまる話ではなく、ビヨンドエイジングとも言えます。老化に抗うのではなく、老化を超越する可能性すらあるのです。私たちが、強調したいのはそこなんですよ」
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オートファジー認証マークが付与されたオートファジーを活性化させる成分を含有した商品例
健康寿命が延びたさらにその先、「死ぬまで豊かに生きられる社会」のために
ダイエットやアンチエイジングなど、美容やヘルスケア、ましてやダイエット法などの既存の概念にオートファジーが含まれてしまうことについて吉森教授をはじめとする日本オートファジーコンソーシアムは危惧している。
「オートファジーの活性化により私たちの老化を超えた(=健康寿命が延びた)先、私たちの人生はもっと豊かで充実したものになります。それは、加齢と老化が切っても切れない関係だと思い込んでいる私たち現代人にとって、パラダイムシフトとなる」
現役を引退する、老いたら何かを諦める、始めるより終える準備をする……当たり前だと思っている常識が変わり、個人はもちろん企業や社会としても大きな変革となるという。
「だからこそ、単純な既存の概念としてオートファジーを言及することに抵抗感を覚えているのです。オートファジーがノーベル賞を受賞したのも、ダイエットやアンチエイジングに役立つからではありません。この機能、この研究がもっと本質的に人類の豊かにするからなんです。年を重ねることへのネガティブなイメージが払拭されれば、次の世代にとっても希望にもなる。オートファジーの研究は医療、健康分野だけにとどまらず、より良い社会を作るためにすべての分野にとっての基礎となるでしょう」
出典:一般社団法人日本オートファジーコンソーシアムWEB|https://autophagy-conso.com/
オートファジー活性をコントロールすることで健康寿命の延長を目指し、その先にある個々人の生きがいや人生を豊かさに繋げてほしいという思いから、日本オートファジーコンソーシアムは、「死ぬ瞬間まで、●●。」といったコピーを開発。啓発活動をすすめている。
取材・文/峯亮佑