人気の飲食店では店舗の入口に行列ができることも珍しくないが、入ってみたくてもあまりに列が長ければ並ぶのがためらわれたりもするだろう。
時間に余裕があれば不承不承ながら並んでみてもいいのだが、意外なことにその列の中にはわりと楽しそうな様子で並んでいる人々がいたりもする。それはたいてい仲のよさそうなカップルや連れ合いだ――。
脳内ドーパミンが生物を一夫一婦制へ導いている!?
誰にも両親がいるように、我々はごく自然に一夫一婦制の社会に暮らしているが、実は哺乳類の生物の中で一夫一婦制を採用しているのは全体の3~5%といわれている。一夫一婦制は哺乳類生物の間では案外マイナーな習性なのだ。
人間と共にその3~5%に含まれているのが北アメリカ中央部で見られる小型のネズミであるプレーリーハタネズミ(prairie vole)だ。
プレーリーハタネズミは、一度ペアの関係になると巣とナワバリを共有して常に一緒に過ごすのを好み、ほぼ一生をパートナーと添い遂げるという。
我々人間と同じように長期にわたってカップルの関係を結び、住まいを共有し、一緒に子孫を育て、パートナーを失ったときに悲しみに似た経験をしているというこのネズミの脳活動を行動神経科学からのアプローチで迫った興味深い研究が報告されている。一夫一婦制を選ぶ哺乳類生物に特有の脳活動があるのだろうか。
米コロラド大学ボルダー校をはじめとする研究チームが2024年1月に「Current Biology」で発表した研究では、最先端の神経画像技術を使用して、プレーリーハタネズミがパートナーが隣の部屋にいるとわかった時に脳内で何が起こっているかをリアルタイムで測定している。
人間での神経画像研究では、愛するパートナーの手を握った時に脳の側坐核(Nucleus accumbens)の活動が活発になることがわかっているのだが、今回の実験でネズミの脳の側坐核もまたパートナーの存在に気づいた時に活発な活動を見せていることが突き止められた。
具体的には側坐核でドーパミンの放出が検出されたのである。そしてこのネズミはパートナーに接触しようと壁をよじのぼったりするなどの積極的な行動を起こしたのだ。
その一方、隣の部屋に見知らぬネズミがいることに気づいた時にはドーパミンの放出は検出されなかった。つまり愛着のある個体に気づいた時には脳が快感を引き起こすホルモンであるドーパミンをより多く生成しているのである。
そしてその個体に接近し、接触することができればドーパミンの放出はさらに増える。
研究チームはドーパミンがパートナーを探す動機づけにきわめて重要であるだけでなく、パートナーと一緒にいる時の方が、見知らぬ者と一緒にいる時よりも多くのドーパミンが報酬中枢を流れることが示されたと説明している。
そして一夫一婦制の根底にこの側坐核のドーパミン報酬系のメカニズムがあることが示唆されるのである。
さらに興味深いのは、このカップルのネズミを強制的に引き離して4週間(人間にあてはめると10年間近いとも考えられる)が過ぎると、元のパートナーの存在に気づいてもドーパミンレベルの上昇は見られなくなった。
これはつまり“失恋”や“離別”の痛手は時の経過によって癒されるということであり、逆に言えばどんなに愛し合っていても何らかの理由で離別を余儀なくされると愛は冷めていくということでもある。
しかし人間社会においてはインターネットの普及と通信技術の進歩により今後この問題は克服できるのかもしれない。