最近は、年代間の「格差」や「断絶」という言葉が、しばしばメディアをにぎわせている。そうしたニュースに接するたび、年代間には越えがたい溝が横たわっているとの印象を受ける。
しかし、はたして日本人の各年代は断絶しているのだろうか? 周囲を見渡すと、若い感性を保ち続けている中高年が目立ち、むしろ若い年代と近接しているように感じる。
というより、統計的事実として、少なくとも「価値観」については年代間の差は縮まっているのだ。
着ている服だけでは年代がわからない
これを「消齢化社会」の到来と表現するのは、博報堂生活総合研究所だ。
同研究所が、1992年から隔年で実施している「生活定点」という名の調査を分析すると、「かつて年齢によって大きかった価値観や嗜好の違いが、年々小さくなっている」という。
同研究所の著書『消齢化社会 年齢による違いが消えていく!生き方、社会、ビジネスの未来予測』(集英社インターナショナル)には、その詳しい分析内容が論じられている。
例えば、「ハンバーグが好き」という嗜好と「夫婦はどんなことがあっても離婚しない方がよい」という価値観。
肉類は年を重ねると遠ざけるものだし、夫婦は生涯添い遂げるべきという考えも年代が上がるほど強固なもの……という「常識」も今は昔。
最近の60代の約半数はハンバーグを好み、夫婦は終身であるべきとする60代も2割に満たない。
また、「習慣やしきたりに従うのは当然だと思う」という観念は、全年代で低下している。
年代間の価値観の違いが縮まっていることを示すグラフ(画像提供:博報堂生活総合研究所)
そう指摘されてみれば、『サザエさん』の磯野波平さんの設定年齢(54歳)を超えてしまった筆者や周囲の同期は、ふつうにファストファッションに身をつつみ、生成AIのような新しいテクノロジーにも抵抗はない。
20~69歳を対象とした同研究所の「衣生活写真調査」(2022年)を見ても、着ている服だけでは年齢がちょっとわからなくなっている。
左から20代、30代、40代、50代、60代男性の普段着(写真提供:博報堂生活総合研究所)
若い年代が“熟達”している一面も
こうした、社会の「消齢化」が進んでいる理由について、同研究所の上席研究員・近藤裕香さんは、次のように説明してくれた。
「日本社会の中核を担う50代中盤から60代前半の人たちの多くが、心身ともに若さを保っているというのが大きな理由ですね。
年をとったせいで、できなくなったというものは少なく、考え方も若々しいため、今の若い年代と相違点が少ないのではないでしょうか。
また、彼ら・彼女らは、バブル世代や新人類と呼ばれていて、団塊世代や戦前生まれの人たちの価値観に反発してきた世代でもあります。
同時に、個人主義的で、新しいものに対する許容度が比較的高いという側面も持ち合わせています。そして、若い世代の人たちの考えを認める傾向も高いです。
バブル世代・新人類に特有の多くの要素が、消齢化社会を進ませる一因になっているようです。
一方で、若い年代が“熟達”している傾向も無視できません。言い換えると、達観しているというか、落ち着いているのですね。
日本は高度経済成長とバブル経済の時代が終わって低成長となり、良くも悪くも安定していることが影響しているようです。
これが逆に激動の時代だと、現状打破の気持ちや反骨精神から年代が上の人たちに反発し、分断が広がっていたかもしれません。
もう1つの要因がインターネットです。年代を問わずインターネットを活用するようになって、誰もが知りたい情報にアクセスでき、様々なものがネットショッピングできる時代となりました。
その結果、年代を超えて「できる」ことが増えたことも、消齢化社会を加速させる一要素だと考えています」
消齢化はこれからも進んでいく
今まさに消齢化社会が進展していることは、「年相応」とか「適齢期」といった言葉をあまり聞かなくなってきたことからもうかがえる。これからも、そうした言葉はどんどん死語に近くなっていき、消齢化は進んでいくのだろうか?
近藤さんは、次のように回答した。
「隔年で行っている『生活定点』の最近の調査をベースに見ると、今以上に価値観や嗜好の差が縮まっていく項目が増えていくことは、予測されています。
理由として、1つは人口動態の観点から。日本の高度経済成長期を経験した上の年代の人たちが徐々に現役社会から退出していくことで、低成長期、つまり失われた30年を長く共有する人たちが社会の多くを構成するようになるため、今まで以上に近い価値観を共有するようになるため。
もう1つは、技術革新です。例えばAIの同時通訳や、衰えた筋力をアシストする装具が一般化されるなどして、年齢の垣根が取り払われていくからです。
これからも消齢化が進んでいき、年代による価値観の違いが無くなっていくのは間違いない潮流かなと思います」
消齢化が進む2032年の未来予測(画像提供:博報堂生活総合研究所)
多様性と消齢化が同時並行で深まっていく未来
現代社会を語るキーワードの1つに「多様性(ダイバーシティ)」がある。1つの集団内で、人種・性別から趣味嗜好まで異なる人たちが存在するのを積極的に認める意味合いの用語だ。
現在進行中の消齢化は、多様化とは相反するトレンドなのだろうか? また、ビジネスの観点では、消齢化の時代はマーケティングがシンプルになっていくのだろうか?
近藤さんによれば、それは違うという。
「消齢化と言っても、皆が同じに、均質化するというわけではありません。同じ年代内でみると価値観は多様化しており、その結果、他の年代と重なる部分も増えてきている、という意味では、多様化と消齢化は同時に進行している現象といえると思います。
また、健康や教育など、カテゴリーによっては、各年代に特有の価値観や嗜好が顕著なものもあります。
マーケティングについて言えば、例えば美容市場ですと、若い人だけでなくシニアも関心を持ち、お金をかけるようになっているという意味では消齢化が進んでいる市場といえるでしょう。
ですが、20代だとシミを予防する美容、50代だと皮膚のハリを取り戻す美容というふうに、ニーズには依然として差異はあります。
また、これは美容に限りませんが、ニーズが細分化・多様化しているので、そこをきちんと見極めていく必要はあります。消齢化社会だからと、年代を超えて共通する価値観を捉えるだけでは、うまくいかない場合もあると、感じています。
ただ、これまでのように『この商品は40代女性をターゲットで』としてしまうと、実は他の年代にも共通するニーズや価値観があるかもしれず、自らパイを小さくしてしまうかもしれません。
その意味では、これからのマーケティングは、視点やアプローチの仕方が増えていくと思います」
「少子高齢化社会」などと、ネガティブな文脈で語られがちであった現代社会だが、「消齢化社会」という切り口で見れば、そこには明るい面も見えてきそうだ。生活やビジネスに生かせる宝の山も、そこにはあるのかもしれない。
取材・文/鈴木拓也