2023年の年の瀬に都市伝説のような、しかし都市伝説ではない過酷なバスツアーが密かに開催されていたことをご存知だろうか。
無料送迎バスは良いとして、「上野↔︎大館」の文字に一瞬、時が止まった。
よく見ると、12月30日の夜8時に東京・上野を出発して、大晦日の朝9時に秋田県の大館市に到着するという無料送迎バスの案内。しかも、往復無料という前代未聞の計らいが記されている。
上野発の夜行バスを降りた先の雪の中に何が待っているのか?
これを企画し決行したのは、秋田県大館市の映画館「御成座(おなりざ)」だ。
SNSはこの緊急募集に色めき立った。そして13時間かけた極寒の強行軍に狂気を感じた。上野発の夜行バスを降りた時に雪の中の景色が待っているのか?
肉体の限界、精神の崩壊など、どこ吹く風。「マルホランド・ドライブ」とは異なる一般道安全運転ながら、映画のキャッチコピー「わたしのあたまはどうかしている」を地で行くような(褒めてます)無料送迎シャトルバス企画を決行した映画館「御成座」って一体ナニ?
調べてみると、この映画館の誕生ヒストリーも狂気に満ちていた。
1952年(昭和27年)に開館し、50年以上も大館市に映画の素晴らしさを提供していた御成座は2005年に閉館。
廃墟のようになっていた劇場にたまたま惚れ込んだのは、千葉から大館にたまたま働きに来ていた切替義典(きりかえ よしのり)さんだった。
彼はその物件の大きさに惹かれ、家族で住めそうかもという思いで内見し、そして移住を決意してしまった。
たまたま千葉から秋田に来ていただけなのに、家族皆で移り住むと、2014年に御成座を再オープン。自由奔放に引越し、自由奔放に営業を始めた。
「御成座で映画を見て欲しい」その一心で敢行された、東京から秋田まで往復1300kmの無料送迎。そこに込められた想いとは?今回、企画した張本人である切替さんに話を聞いた。
――無料送迎シャトルバス実施のきっかけを教えてください
「数年前にプライベート用でもあり、御成座の送迎に使えるからとマイクロバスを手に入れたんですが、それを使って『都内から御成座にお客様を乗せてこよう』と、ふと思いついちゃったんです。御成座は知名度的には上がってきていますが、秋田県はやっぱり遠いし旅行並みに費用がかかる。そのため、躊躇する人が多いに違いないはずと思ったんですよね」
「だったら、近所の映画館に映画を観に行く感覚を実現してみようとマイクロバスにお客様を乗せて一緒に御成座まで送迎したいと考えました」
そもそも最初に無料送迎が行われたのは2020年10月。コロナ禍に行なった「風の谷のナウシカ」「ゲド戦記」のジブリ作品上映がスタートだった。以来、年末を中心に合計8回も行っているという。
そのルートはこうだ。
・上野から国道4号を北上し、福島から無料高速を使い山形の米沢へ。
・国道13号と無料高速を3回ほど乗ったり下りたり。
・108号から日本海側へ向かい、秋田市から285号で大館市へ。
昨年末に無料送迎シャトルバスで御成座を訪れたファンは、大晦日と元日の2日間で計7作品を堪能したという。ちなみに今回上映されたのは…
切替さん「普段の御成座では、私の好きな作品をなかなかセレクト出来ないため、年末の休みの日ぐらい自分の好きな作品(変わった作品)をやりたいなと。そこで昨年末は御成座ではやらない作品、私が昔から好きだったホラー作品を上映することにしたんです」
上映されたのは、「アリゲーター」「オオカミの家」「食人族」「サイコ・ゴアマン」の4本。無料送迎に加勢するような衝撃的なラインナップだった。
一年の最後を衝撃のホラーで彩ったわけだが、無料送迎に参加したファンからは「とてもHAPPYで楽しい時間をありがとう」「上映後にスクリーンで紅白を見ながらきりたんぽ鍋まで頂けるなんて最高です」と、御成座のおもてなしに感動したコメントが寄せられた。
さらに、「比内地鶏の鶏飯美味しかった」など映画だけでなく秋田グルメを堪能した方も多く、秋田のPRにも貢献。狂気の企画を機に秋田を知って欲しいという切替さんの想いも存分に届いた上映会となった。