料理の塩味が約1.5倍も強く感じるスプーンとお椀が誕生した。
これらは、キリンホールディングスが明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科の宮下芳明研究室と共同開発した「エレキソルト」というデバイスだ。
食べ物を口にした時に電気的にナトリウムイオンを舌に多く集めることで塩味が強く感じられるという。つまり、ほんの少しの塩分だけで塩味がより強く感じられるということ。
ちなみに、人体に影響しない微弱な電流で疑似的に食品の味の感じ方を変化させる「電気味覚」の技術は去年、イグ・ノーベル賞の栄養学賞を受賞。世界が注目している技術なのだ。
減塩食をおいしく続けることができれば、健康課題の改善や減塩・無塩関連市場の拡大につながる
未だ経験したことのない「エレキソルト」とはどんなものなのか?今回、その真相に迫るべく、キリンホールディングス株式会社ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ主務の佐藤愛さんに話を聞いた。
――「エレキソルト」スプーン・お椀開発の経緯を教えてください
「2019年から、弊社は宮下研究室と共同で疑似的に味の感じ方を変化させる「電気味覚」の研究を行ってきました。と言うのも、日本人の1日当たりの食塩摂取量は20歳以上の男性で10.9g、女性で9.3gとWHO(世界保健機関)が掲げる食塩摂取推奨量5.0g未満と比較しても非常に多く、その一方で健康のために減塩は重要と理解しているがなかなか続けにくいとの声もあったんです」
「また弊社実施のアンケートでも、塩分を控えた食事を行っている/行う意思のある方の内、約63%が減塩食に課題を感じており、その内約8割の方が味に対する不満を抱えていることも分かりました。減塩食をおいしく続けることができれば、多くの方の健康課題の改善や減塩・無塩関連市場の拡大につながると考え、明治大学の宮下先生に相談したことがエレキソルト開発のきっかけです」
――お椀とスプーンを選んだ理由は?
「日常の食事シーンでの利用を想定してつくりました。特に薄味にすると我慢が発生しやすかったメニューを召し上がる際に適したものとなるよう開発しています」
「スプーンはスープやカレー、その他食事全般での使用を想定し、お椀は味噌汁やお吸い物を飲む時やラーメン、うどんの取り分け用の器としてもご使用頂くことを想定しています。現在写真で紹介しているものは実験機ですが、日常で使いやすい製品となるよう、機器の形態については広く検討を続けております」
同社の調査によると、減塩に取り組んでいる人が「濃い味で食べたいもの」第1位がラーメンだったとか。たとえ塩分を我慢してるとはいえ、ガツンと味わいたいときは遠慮なく食べたいはず。”減塩チートデイ”だって必要なのだ。
食を愛する多くの人が、より食事を楽しめるように作られたスプーンとお椀だが、ところで「電気味覚」を応用した食器とはどのような構造になっているのか?具体的に知りたい。
「“電気味覚”は、舌周辺へ電流を流して味を感じ取る味細胞(みさいぼう)を刺激したり、飲食物へ電流を流して塩味の基となる塩化ナトリウムやうま味の基となるグルタミン酸ナトリウム等がもつイオンの動きを制御して、疑似的に食品の味を濃くしたり薄くしたりすることが可能な技術です。キリンと明治大学で減塩食の塩味が増強するような特徴的な電流波形を開発し、エレキソルトに搭載しています」
「実験機の場合は、スプーンは持ち手部分と食品に触れる部分に、お椀は底面と内部に電極があり、食品を通して電流の流れ(回路)ができあがります。回路ができている間は電流が流れて味の変化が感じられます」
ちなみにスプーンの場合は柄の部分にあるスイッチを入れるとスプーンの先端から微弱な電流が流れ、4段階から好みの強度で試せるという。お椀は側面にあるスイッチを入れ、お椀の底部を持つことで内部に電流が流れて効果を発揮するとのこと。
実際に40~65歳男女31名に使ってもらったところ、31名中29名が「塩味が増した」と感じたと回答。
また、調味料を30~50%程度減らした食事との相性が良いことも判明。減塩のお味噌汁を用いた試験では、「全体の味が増強された」「コクが増した」「旨味が増した」等のコメントも寄せられたという。