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話題のDX小説第30話【TOKYO2040】陰の歴史的犠牲者

2024.02.05

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。2020年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

【これまでのあらすじ】
 令和大震災からの復興を経てデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」に異動させられた葦原(あしはら)は、知事選の迫る中、データ消失事件を発端とした不可解な事態の続発に都政を担うAI「ヌーメトロン」への疑問を抱く──。

陰の歴史的犠牲者

 一台の車が櫛田(くしだ)の家の前に停車した。完全自動運転のハンドル捌きは正確で、黒塗りの車両は静かに門の横へとつけられた。秘書官の鷹見(たかみ)が後部座席から降りると、ハッチバックからSP代わりの警備用ドローンが一台現われ、横についた。

 都内でも屈指の閑静な住宅街に櫛田の家はあり、震災を免れた和風建築は、代々この地で長く続いてきた家であることを窺わせた。

 鷹見が門扉のドアホンを鳴らすと、しばらくして音声が繋がり、「東京都の」と言いかける間もなくスピーカーから「帰ってくれ」と老いた声がした。

「この件はお祖父(じい)様にも聞いていただかなければならないのですよ」

「ならば尚更だ。ウチの家にはもう関係ないはずだ。帰れと言っている」

「それに櫛田姫奈(ひめな)さんにも業務の件で伝えなければならないことが」

「孫の仕事のことなら、勤務中にでも伝えてくれ」

 頑なな態度の逸郎(いつろう)に鷹見は少しだけ語気を強めた。

「はぐらかさないでください。こっちもガキの使いで来てるんじゃないんでね。櫛田さんも選択の余地がないことくらいはわかっているでしょう?」

 スピーカーの奥から「おじいちゃん、私が出るから」という遣り取りが聞こえ、それから門扉が静かに開いた。

 門から玄関へと歩く間に、鷹見は「何の因果でおれが」とつぶやいた。東京の歴史を陰で支えてきた人身御供の家系があると知ってはいたが、こんな形で“要請”する日が来るとは。

   *

 櫛田は両親の写真に手を合わせた。

「私で本当に最後なら、それでいい」

 その姿を見た逸郎は「おまえの両親で、この家はもう充分に務めは果たしたじゃないか。この期に及んでおまえまで命を投げ打つことはない。断ったって誰も咎めやしない」と声を掛けた。

「それだと、断らずに、逃げずに命を捧げたご先祖様に申し訳が立たないでしょう。大丈夫」

   *

 目つきが鋭く体躯の大きい鷹見は、正座をしていても威圧感があった。対峙している櫛田はそれに怯えることなく、むしろ泰然として見えた。

「まず、櫛田さんの手元で止めている例の紙。早く文書管理システムに登録してもらいたいのですが」

 以前、葦原が庁内を駆けまわり判を並べて作った“紙の”書類について、鷹見は早々に行政文書として用いたいようだった。

「ああいうの、すべて片付いた後に、しれっと登録するために紙で回したんじゃなくて?」

「それは大黒(おおぐろ)さんのやり方でしょう」

「それにデータに合わせて人が一人、失踪している」

 自分のそばから家族や友人が消えていく淋しさに慣れずにいる橘樹花(たちばなじゅか)のことを櫛田は思い浮かべた。

「消えたはずのデータが上書きされ、事態はおかしな方向へ転び始めています」

「上書き?」

「それ以上知りたいならデジタル推進課に聞いてください。今日の本題はそこじゃありませんから」

「……そう。それならば、本題をどうぞ」

 

「これはまず内々に、あらかじめ申し上げるものであり、正式な依頼ではないことをお伝えします」

 姿勢を正し、かしこまって口を開いた鷹見に、櫛田は「はい」とだけ答えた。

「今度の都知事選での当選者は暫定的に州都の知事になり、新たに広く関東一帯を治めることになります」

 もう一度櫛田は「はい」と低い声で答えた。

「それに際して、古来からの仕来りに従い、その命と魂をこの地の安泰のために……」

 そこまで言って鷹見は一度呼吸を整えた。そして、少し後ろへとにじって下がり、

「磨り潰していただきたい」

 ただ伝えるだけのつもりだったところを、深く、深く頭を下げた。

 

「……新しく知事が決まったら、その人から同じようなことを言われるんですよね、鷹見さん」

 櫛田があまりに気軽な答え方をするので、鷹見は少し戸惑って顔を上げた。もっと取り乱したり、強烈な拒否を受けると踏んでいたのだ。

「ええ。そうなります。その際にご躊躇のないようあらかじめお伝えしたのです」

「じゃあ、私の寿命、ほぼ投票日までってことね」

 櫛田が祖父の逸郎を見て微笑んだ。逸郎は「冗談じゃない」と立ち上がり、眼下の鷹見を叱責するように声を上げる。

「おれは、妻も娘も義母も娘婿もこれで喪ってるんだ。今度は孫娘まで奪われるのを当然と思えと言うのか」

「すでに他の家は潰(つい)えました。震災復興に間に合ったのは娘さんだけだったんです。今となっては姫奈さんだけが残された希望です」

「間に合ったなどと! 人を死なせておいて、戯言まで言いやがって!」

 逸郎が鷹見の胸倉をつかんで立たせ、横顔を強く張った。

「あと三年で、第二次世界大戦中に東京都が設置されてから百年になります。いや、そのずっとずっと前から、江戸から東京に連なる歴史の陰で、あなたがた供犠(くぎ)の家系はこの地を支えてくださった。江戸の無血開城、戦後の復興、東京タワー完成、東京湾再生、二度の東京オリンピック、そして令和大震災からの復興も成し遂げられようとしている。すべてその血が注がれなければ成し得なかったことです」

「そういう辻褄を合わせて言っているだけだろうが。今となっちゃ何の意味もない、無駄な犠牲、野蛮な人権侵害を考えもなしに長く続けてきただけだ。それを今さら」

 逸郎はフォトスタンドに目を遣った

「お祖父様が悲しみと共に生きていらしたことは理解できます。しかし私ではどうにもできません。この土地の宿痾(しゅくあ)とお思いでしょうが、私はお伝えするのみです」

 再び静かに膝をつき、頭を床にこすりつけるように下げる鷹見。

「本当に、血も涙もない話」

 櫛田がぽつりとつぶやいた。その視線の先で、フォトスタンドが彼女の両親の在りし日を映し出していた。

 

「秘書だろうが知事だろうが二度と来るな!」

 鷹見とドローンが去っていくその背に向かって、逸郎は塩を撒いた。

「塩撒きだなんて、おじいちゃんが若い頃にはそんな風習無くなってたんじゃないの」

「お前もお前だ。どうしてそんなに平気なんだ」

 逸郎は頭に血が上るのを抑えきれずに櫛田に訊いた。

「どうしてって、この家でおじいちゃんに育てられたからでしょう。私は誰も、何も恨まない。もし自分に使命があるなら、それをするだけ」

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

【用語・設定解説】

自動運転車とドローン:人口減少で人手不足から過疎地に物資が届かなくなり、なりふり構っていられなくなった2040年には、自動運転車の進化およびそれへの政治的懸念は解消され、一気に導入ハードルが下がっている。既存の道路に自動運転車専用レーンが設定され、公共交通機関の代わりに往復運行する地域が多く生まれている。

東京都100周年:1943年7月1日に東京府および東京市が廃止され、東京都制が施行された。この物語の舞台は2040年であり、近々100周年を迎えることになる。それに合わせて広域自治体の統廃合で道州制が敷かれ、東京は州都となる。人口減少で多くの基礎自治体が維持不可能となった未来を、国による直接支援とともに新たな行政システムが地域を支えていく。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

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