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【勝手にブック・コンシェルジュ】スピードワゴン小沢一敬さんに贈りたい一冊「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

2024.01.13

小沢さんは〝傷つく側〟の心がわかる人間ではないのか

主人公は大学2年生の男子、七森。大学に入学してすぐできた、大好きな友人・麦戸ちゃんが最近学校に来ないことを心配しています。2人が所属しているのは、ぬいサー。つらいことがあったら誰かに話したほうがいいんだけど、もしかしたらその話が相手を悲しませてしまうかもしれないから、ぬいぐるみにしゃべることにしようというサークルです。

女の子みたいな外見の七森は、高校時代、〈男子の輪から外れてしまわないよう〉、その場のノリに合わせて愛想笑いばかりしてきたことを後悔しています。〈男っぽくない見た目だから、安全な男の子として〉女子グループに連れ回された時期もあって、女の子たちに対してもそのつど同調してしまいがちで、当時はそんなあれこれも楽しいと思っていたんだけど、19歳になっている七森は〈その楽しさのなかに、苦いものがたくさん混じっていることに呆然とする。流されるままにその自分は、自分じゃないものを笑ってきた〉と思い直しているんです。

〈ひとのこと、「男」とか「女」じゃなくて、ただそのひととして見てほしい〉と考えていて、〈セックスって、暴力みたい〉〈クラスのなかでだれがかわいい?だれとヤりたい?高校のとき男子たちがいってたことに、加担してしまうように思ってしまう〉七森は、自分は男というだけで加害者なのではないかという思いに打ちのめされるような繊細すぎる男子なんです。

大学に来なくなってしまった麦戸ちゃんは麦戸ちゃんで、夏休みの終わり頃に、女の人が痴漢されてるのを見たと七森に打ち明けると、〈電車でのことを見て、それまでのわたしじゃなくなった。なくなってしまったんだ。そのときから、そういうことにいままでよりも怯えるようになった。そういうニュースに敏感になって、いっぱい、起きてるじゃん、起きてきたじゃん、こういう社会のなかで、どうしていままで生きてこれたのかなって、生きてきて、生きてる自分のことも、わたし、しんどくて仕方なかった〉と声を絞り出します。

七森も麦戸ちゃんもやさしさゆえに残酷な世界に傷ついていて、自分もまた誰かを傷つけるのではないかという予感に打ち震えているんです。

〈もっともっと未来に生まれたかったな、と思う。誰も傷つかないでいい、やさしさが社会に埋め込まれたもっともっと未来に〉という七森の思いを、たとえばX(旧Twitter)に投稿すると、たぶん「頭の中がお花畑w」みたいな揶揄を飛ばしてくる連中が大勢いることでしょう。でも、この手の定番の捨て台詞は思考停止にすぎないとわたしは思うんです。じゃあ、そんなやさしい社会はどうしたら作れるのかと考えを発展させていく反応が建設的なのであり、バカにする態度は何も生みださないからです。

小沢さんはかつてはやさしさのあまり傷つくことが多い七森や麦戸ちゃん側の人だったんじゃないですか? それとも「乙女男子」は単なる営業のためにつけている虚偽の仮面にすぎないんですか? 残酷な人間には、もう愛想笑いをふりまかないでください。

これからの小沢さんを、わたしは静かに見守っていこうと思っています。

文/豊崎由美(書評家)

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