大谷翔平選手の犬として大注目されたコーイケルホンデイエのデコピン。MVP受賞の瞬間にハイタッチしていた姿が可愛いと、人気急上昇中だ。日本では珍しいこの犬種にまつわるエピソードを、紹介しよう。
オランダ独立の英雄の命を救った犬
コーイケルホンデイエはオランダの英雄、オラニエ公ウィレム(Willem van Orange:オレンジ公ウイリアム)と深い関係がある。彼はオランダ独立運動を指導し、1581年、独立を宣言して連邦共和国の初代総督ウィレム1世となった英雄で、沈着冷静で感情を表に表さない、寡黙な豪傑だったと伝えられている。
1572年、オラニエ公ウィレムはエルミニー近くの軍用テントで野営を行ったが、そこへスペインの襲撃者が忍び寄る。深夜に忍び寄る刺客に気づき、とっさに彼の命を救ったのが一頭の愛犬で、テントをひっかいてウイレムを起こし、命を救ったのである。
歴史作家のピーテル・ホーフト(Pieter Corneliszoon Hooft)は「オランダの歴史」の中でこの犬を、「Kooikerhondje(コーイケルホンデイエ)」と表した。Kooienは囲いという意味で、Kooikerは囲いにカモなどの水鳥をおびき寄せて捕まえる猟師を指す。Hondjesは犬という意味なので、カモ猟師の犬である。英語ではダッチ・デーコイ・スパニエルで、大谷選手のデコピンの名前の由来ともなっている。
絶滅から救った一人の女性貴族
コーイケルホンデイエはふさふさした尾を使って、上手にカモなどの水鳥を罠に追い込む猟犬として人気だったが、猟が衰退するにつれて、数を減らしてしまった。絶滅を救ったのがオランダの貴族で爵位をもったバロネス・ファン・ハルデンブローク・ファン・アマーストール(Baronesse van Hardenbroek van Ammerstol)だった。
アマーストール女史は幼い頃から犬が大好きで、「ほぼすべてのオランダの犬種に関係した」と言われるほど、たくさんの犬種を生み、育てた、優秀な犬のブリーダーだった。スタビュイ(スタビフーン)、パートリッジ、キースホンド、マルキーシェ、ダッチシェパードといった、今でも世界中で愛好されている犬種を作出し、育て、世に広めた実績をもつ。
オランダでは警察犬や盲導犬として大活躍中のダッチ・シェパード・ドッグ
1930年後半、オランダでほぼ姿を消したと考えられていたコーイケルホンデイエに興味をもったアマーストール女史は、一人の商人に「犬を探して欲しい」と依頼する。全国を歩き回り、多くの情報源をもつ商人は、オランダ北部(フリースラント州)で一頭の若い雌犬を見つけた。
美しいコーイケルホンデイエのトミーは、農夫の家族に深く愛されており、手放してはくれなかった。愛犬家の気持ちを理解していたアマーストール女史は、この犬種を絶滅させたくないと説得し、繁殖のために仔犬が欲しいと、協力を求めた。物資が不足していた当時、女史は飼い主の元へせっせと食品などを送った。
トミーは、農夫の元で元気な子犬を生み、4頭の子犬が女史の館へとやって来た。4頭は大切に育てられ、長い時間をかけて数を増やし、その中の一頭が大谷選手の元で今、幸せに暮らしている。