写真素材を「Photoshop」で加工して背景に活用するなど、積極的な〝デジタル使い〟としても知られる漫画家・浅野いにおさん。現在連載中の作品は自らが作った3DCGの街が物語の舞台になっている。最新のテクノロジーを漫画に使う理由や、AIを活用する視点などについて伺った。
アシスタントと壁打ちしている感覚で使えるのが便利です
漫画家
浅野いにおさん
1980年生まれ、茨城県出身。代表作に『ソラニン』『おやすみプンプン』など。『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』は、第25回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門・優秀賞を受賞した。現在は漫画誌『ビッグコミックスペリオール』にて『MUJINA INTO THE DEEP』を連載中。
浅野さんのトレンド予測2024
学習データ自体を自ら用意し、それをもとに生成する時代へ近づく
用意した学習データをAIに読み込ませるなど、ユーザーごとにカスタムしてくれる生成AIサービスが増えるだろう。学習元が明確になれば、気兼ねなく使えるようになる。「Adobe Firefly」のように学習データの権利がクリアになっているサービスも増えそうだ。
自作の3DCG空間を舞台にAIも活用した最新作を連載中
『MUJINA INTO THE DEEP』で使用している3DCGの街は、約1km四方の広さ。「Unreal Engine 5」というツールを使い、1日18時間、半年かけて作成された。「最初は田舎を作るつもりでしたが、ビルが規則的に並ぶ都会のほうが3DCGで作りやすいとわかり、下北沢をモデルとした街にしようと方針を変えました」
『MUJINA INTO THE DEEP』
©浅野いにお/小学館
背景に使う素材は写真から3DCGへ
写真を使って背景を描く手法は、手描きに比べるとかなり時間を短縮できる。ただし、手抜きと言えなくはない〝後ろめたさ〟を感じることから、その技法だからこそ生み出せる新しい作品づくりを目指そうと、浅野さんは心に決めたそうだ。
「リアルな生活感が背景にあるからこそ成立する話とか、キャラクターを極端にデフォルメすることで逆に背景が主役になる作品など、今にないコンセプトにすることで、自分の中で整合性をつけていました」
3DCGを試験的に使い始めたのは代表作『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』から。
「連載の後半はかなりCGの割合が増えてきて、連載終了の頃には室内などほとんどのシーンがCGになり、漫画に使える実感がありました」
物語の展開や文字要素を考える〝壁打ち〟の相手にAIを活用
3DCGをフル活用している最新の連載作『MUJINA INTO THE DEEP』では、冒頭の展開で自然言語の生成AIの力を借りたという。
「主人公であるゲーム会社の社長のおじさんと、殺し屋の女の子が出会うシーンを作りたかったのですが、道で〝偶然バッタリ〟では説得力がない。いいアイデアが出なくて生成AIに『ケガをしている殺し屋の女の子と中年男性が街で必然的に出会うシチュエーションを教えてください』と聞きました。そうしたら『主人公が医療関係者であれば病院で会う可能性がある』と言われて『確かに!』と。ただし主人公のおじさんは医療関係者ではないので、そこは僕のアイデアで、ケガをしている殺し屋が闇医者のところへ行き、主人公のおじさんはコロナにかかったことを周囲に知られたくないので闇医者に行く……という設定にしました。要は、担当編集者やアシスタントと打ち合わせで壁打ちするのと同じことができるんです」
章ごとに英語で入れているサブタイトルも生成AIの回答を参考にして作られたものだ。
「出てきたものの中から語感のいいものを選んで、さらに『このタイトル、アメリカ人にはどう捉えられるの?』と聞いて確認しています。また、PCの画面上に表示される掲示板のスレッドや、背景にある映画のポスターのタイトルとキャッチコピーなど、どうでもいいんだけどディテールとしてそれっぽい素材が欲しい時は、AIの回答がむちゃくちゃ参考になります」
ゆくゆくは学習データ自体を漫画家が作る時代になる
クリエイターとしても気になるのは、生成AIの学習元だという。
「グレーのまま使うのは不安があります。ライセンス的にクリアされ、さらに精度が高まれば、使う人は増えるでしょう。僕の希望としては、学習モデル自体をユーザーが簡単に作れるようになること。例えば、主人公のキャラクターを複数の方向から見た顔と、表情のパターンを自分で描き、それを素材としてAIに読み込ませる。そこから生成させれば完全にオリジナルとして使えるようになるじゃないですか。僕が作ったCGの街と同様、最初に数日かけてキャラクターの学習モデルを作ってしまえば、数年の間はそのキャラクターを描く必要がなくなるかもしれない。今後は、そうなっていくような気がします」
AIの画像生成は予想しないものが出来上がるおもしろさはあるものの「作品づくりとは別物」だという。
「AIを使ってアッという間に自分の漫画が出来上がってうれしいのかと言われると、そうじゃない。それに、これまでどおりの絵柄や作風をただAIに改めて生成させるだけなら、意味はないと思っています。作り手としては、AIを使うことで新しい絵が生まれる可能性に興味があり、それがAIを使う目的なんです」
3DCGを活用した作品が2024年は劇場版アニメに
劇場版アニメ
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』
2024年〈前章〉3月22日〈後章〉4月19日全国公開 配給/ギャガ
©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee
2022年にコミックス全12集で完結した原作は、巨大な宇宙船〝母艦〟が上空に出現した東京を舞台に、門出とおいたんの2人が織りなす青春物語。幾田りらとあのが声優としてW主演することも話題だ。
各種サービスが続々スタート!
生成AIサービスを企業で使うのが当たり前に!
2023年後半から生成AIを活用する企業向けの新サービスが続々と発表されている。マイクロソフトやグーグルだけでなく、NTTやGMOといった日本の大手企業も積極的に参戦。2024年はAIによって仕事の効率化がさらに加速しそう。
生成元の学習データを企業ごとにカスタム!
NTT『tsuzumi』
独自の大規模言語モデルを学習元とする商用サービス。企業が要望する情報を追加で学習させられるチューニングに対応。PowerPointの図表を理解して要約できるのも特徴だ。2024年3月に開始予定。
おなじみのアプリがAIで使いやすくなる!
マイクロソフト『Copilot for Microsoft 365』
OpenAIの「GPT-4」をベースにした大規模言語モデルを「Microsoft Teams」「Word」「Excel」「PowerPoint」といった同社の各アプリに組み込んだツールの総称。生産性向上や業務効率化に寄与する。
取材・文/小口 覺