副音声を提供するかどうかは 「作品ありき」
映画会社にとってメリットが大きい副音声コンテンツだが、鑑賞中の反応が一般的な鑑賞者と副音声サービス利用者では異なってしまう部分に懸念がある。
例えば、『おまえの罪を告白しろ』は、真保裕一氏による小説が原作で、犯罪ミステリー色のある重厚なトーンの作品。副音声コメンタリーの導入が望ましいかについては議論もあったが、作品のテーマ性や演出秘話など、一歩踏み込んだ質の高いトークを展開できる主演の中島さんと水田監督に協力してもらえることになり、実施を決断したという。
有益だからといって、やみくもに副音声コンテンツを配信すればいいというわけではない。いずれの場合も作品ありきだ。そのため松竹では一律で導入しておらず、実際に2023年度は『おまえの罪を告白しろ』1作のみとなっている。
「ファンの方向けにキャストのみで賑やかにオフトークをする形もひとつですが、中島さんの俳優としての魅力や監督による演出秘話を深堀りするような真面目なトーンの裏話であれば、作品の品を落とさずに中島さんのファンにも、そうじゃない方にも楽しんでいただけるコンテンツにできるんじゃないかと思いました。その塩梅を狙いながら収録をした経緯があります」(宣伝プロデューサー 小林氏)
副音声コンテンツの実施いかんは、作品のジャンルや宣伝の方針に合わせて本当にやるべきなのか、やるのであればどういう内容がベストなのかを都度吟味しながら決めているという。担当者の判断や監督・出演者などの意向にもよるが、小林氏としては選択肢の1つに入れてもいいとする考えだ。
「宣伝プロデューサーのなかにも意外とまだ副音声コンテンツ提供の経験がない、副音声をやる選択肢がそもそもない人もいるかもしれません。『ファンムービー向けの施策』とは限らない可能性を秘めているので、まずは検討してみても良いと思います。個人的にはどんな作品であれ、何かしらやりようはあるのではないかと思います」(小林氏)
副音声に続く劇場体験のコンテンツが生まれる可能性も
今回取材をした両者が副音声付きの上映に可能性を見出しているが、その根底には映画ビジネスへの危機感がある。
「それこそ応援上映のように、みんなで映画に声援やガヤを入れながら観るなど、これまでになかった劇場での体験が増えています。受け身で何かを見るという形ではなく、動的にライブへ参加するような新たな映画の楽しみ方が生まれたように、副音声コメンタリーも新たな映画鑑賞の楽しみ方のひとつです。映画の興行環境は昨今めまぐるしく変わっていて、映画館に求める価値も刻一刻と変わってきている気がしています。お客様が何を求めているかを敏感に察知しながら 宣伝も考えていかないといけないですし、企画自体も工夫しないといけない。そのような流れの中で、副音声も取り入れられるようになったのではないでしょうか。今後、副音声だけに留まらず、劇場における新たな体験コンテンツが生まれる可能性があると感じています」(小林氏)
実際筆者自身を振り返ってみても、以前に比べ劇場に足を運ぶ回数は減っている。
Netflixのようなサブスクリプションを通して自宅で出会える作品の数は格段に増えたし、今では無料で見られる動画コンテンツも多い。上映中の映画作品の対抗馬は増える一方だ。
一方で環境面から得られる満足度が高いという映画館ならではのメリットもある。副音声という手法は、映画の未来を救うのか。認知拡大をどう行なうかがキーとなりそうだ。
取材・文/ライター 北本祐子