NTT法が廃止されると、何が困るのか?
こうしたNTTの主張に対し、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルをはじめ、全国各地の通信事業者や自治体などの181者は、2023年12月4日の会見で「NTT法見直しに関する181者の意見表明」を示し、NTT法廃止反対をより強く打ち出している。もし、NTT法が廃止されると、他社はどんな点で困るのだろうか。
説明するKDDI株式会社 代表取締役社長 CEO 高橋 誠氏
まず、携帯電話サービスに限らず、現在の電気通信サービスはそのほとんどがNTTが構築した設備のうえに成り立っていることが挙げられる。たとえば、スマートフォンを使うときは、各社の基地局と電波で接続するが、基地局から先の各社のネットワークは光ファイバーなどでつながっており、この光ファイバー網のうち、NTT東日本が約90%、NTT西日本が約60%のシェアを持つ独占的な立場にある。NTTは「光ファイバーは民営化後に敷設したものなので、電電公社時代の資産には当たらない」と主張しているが、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルなどの181者は、光ファイバーを敷設している洞道や管路、電柱などは電電公社時代に構築されたもので、これらを保有しているからこそ、光ファイバーを敷設できたと反論している。
もし、仮にNTT法が廃止され、完全に民営化されてしまうと、こうした電電公社から引き継いだ特別な資産も株主などの利潤追求のため、売却されたり、有効に活用されないケースが出てくるリスクがある。たとえば、「○○県△△地域の洞道や電柱は破損や経年劣化が見られるが、採算が取れないので、保守しない」といった極端な方針を打ち出すことも可能になる。その結果、KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなどの携帯電話会社は、基地局のための光ファイバーが敷設できなくなったり、地方のケーブルテレビ会社はインターネット接続サービスや放送サービスを提供できなくなってしまうことも考えられる。政府がNTT株の1/3を保有している背景には、NTTがこうした電電公社時代から構築してきた特別な資産に責任を持ち、それらを管理する立場にあることも関係している。
説明するソフトバンク株式会社 代表取締役 社長執行役員 兼 CEO 宮川 潤一氏
電電公社時代から構築してきた局舎や洞道、管路、電柱といった特別な資産がどのように構築されてきたのかというと、冒頭でも触れたように、電話回線を敷設するときに支払った「施設設置負担金」がベースになっている。時代によって、金額に違いはあるが、おそらく多くの人が「7万2000円」を支払い、自宅などに電話回線を敷設していたはずだ。ここで支払われた施設設置負担金は、電電公社やNTTが電話サービスに必要な設備を用意するための資金という扱いで、電話回線の工事費などは、別途、請求される。
施設設置負担金は俗に「電話加入権」とも呼ばれ、かつては不要になった電話加入権を業者が買い取り、必要とする人に販売したり、税金の未払いなどがあったとき、差し押さえの対象になるなど、ひとつの資産としても扱われていた。
ところが、電話回線を解約し、NTTに電話回線の廃止を申し出ても施設設置負担金が返金されることはなく、5年間の利用休止を経て、申し出がない場合は契約が解除され、権利も消滅するしくみとなっている。NTTとしては「支払われた施設設置負担金を使い、電話サービスの設備を構築したため、安価な料金体系でサービスを提供した」としており、施設設置負担金を返さないことを正当だとしている。しかし、お金がない若い頃に頑張って「7万2000円」を工面して、自宅に電話を敷設したような世代の人々には、「施設設置負担金を返せ!」と思っている人も少なくない。
また、光ファイバーについては、NTT法廃止によって、大きく変わるリスクがある。現在はNTT東日本とNTT西日本からの貸し出しルールの規制があるため、どの事業者が借りる場合も基本的には公平な料金の負担を求められる。そのため、従来はNTTドコモもKDDIやソフトバンク、楽天モバイルと机を並べ、NTT東日本やNTT西日本と接続料金などの交渉をしていたが、2020年にNTTドコモがNTT持株の完全子会社になったことで、NTTドコモはNTT東日本やNTT西日本に近い立場に変わりつつあるという。今後、NTT東日本とNTT西日本が光ファイバーの接続料を大幅に値上げすると、各社の携帯電話料金も値上げを強いられそうだが、NTTドコモは値上げを見送り、赤字のままでも同じNTTグループ内で資金が循環するだけなので、NTTグループとしてのマイナスにはならない。KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなどの全国181者は、NTTグループがこうした支配的な立場を活かした経営をすることに対して、大きな懸念を示しているわけだ。
説明する楽天モバイル株式会社 代表取締役会長 三木谷 浩史氏
ちなみに、ここでは携帯電話料金の値上げを例に説明したが、現在の携帯電話サービスや通信サービスは、私たちの生活やビジネスなど、すべての社会活動に影響するものになっている。企業の業務で使うデータ通信然り、物流の管理システムの通信然り、テレビなどの映像データの伝送然り、通信はありとあらゆるシーンに関わってくる。そのため、ここで選択を間違えると、将来的に毎日の生活費や企業活動のコストなども一変してしまうリスクがあるわけだ。もちろん、NTTが極端な方針を採らないことを信じたいが、政府が持つ1/3のNTT株がすべて売却され、完全民営会社になり、企業として、利潤を追求することが第一になってしまうと、こうしたシナリオも十分に現実感を帯びてくる。つまり、NTTが持つ特別な資産を担保せずに、NTT法を廃止してしまうと、日本の社会構造をも大きく変わってしまうかもしれないわけだ。