NTTドコモの設立とNTTグループ再編
1985年の民営化に続き、1990年代にかけて、NTTは再び大きな変革の時期を迎える。1988年にはデータ通信事業を担当していたNTTデータ通信(現在のNTTデータ)が設立され、1992年には自動車電話や携帯電話、ポケットベルを担当していた部門が独立し、NTT移動通信網(現在のNTTドコモ)が設立される。いずれもNTTとの資本関係を残しながら、独立採算を目指す設立だった。ただ、当時の携帯電話サービスは設備投資などで赤字続きとなり、将来性に不安があったことから、どちらかと言えば、NTTからの『分離』『切り離し』のような形で設立されたとされる。
そして、NTTとして、もっとも大きな変革となったのが1999年のグループ再編だ。それまではNTTが全国でサービスを提供していたが、事業部門は地域会社の東日本電信電話株式会社(NTT東日本)と西日本電信電話会社(NTT西日本)、都道府県間をまたぐ長距離通話と国際サービスを担当するNTTコミュニケーションズに分割され、NTTはこれらを統括する持株会社になった。このときに分割された体制は、つい最近まで維持されていた。
グループ再編によって設立された会社のうち、NTT持株、NTT東日本、NTT西日本は、一般的な民間企業ではなく、NTT法に基づく特殊会社に位置付けられている。逆に、NTTコミュニケーションズや先に設立されたNTTドコモ、NTTデータなどは、NTT法の対象外となっている。これは前述の通り、NTT持株、NTT東日本、NTT西日本の3社は、電電公社が構築した特別な資産を受け継いだ特殊法人であることを表わしている。
1990年代にNTTグループが再編された背景には、1985年に電電公社を民営化したものの、依然として、NTTの市場支配力は依然と強く、NCC各社がなかなか対抗できなかったことが挙げられる。より一層の料金の低廉化やサービスの高度化を実現するため、NTTグループが再編されたが、当時、政府内ではNTT東日本とNTT西日本が相互の営業地域に乗り入れ、競争させる計画もあったとされる。筆者もよく冗談交じりに「NTT東日本とNTT西日本じゃなくて、紅白歌合戦よろしく、NTT赤(紅)とNTT白にすれば、競争できたのに……」と話していたが、結局、地域会社同士の競争は実現されなかった。
1992年に設立されたNTTドコモは、前述のように、赤字続きの部門を切り離すような形で設立されたため、『NTT』という名前を冠しながら、旧来の電電公社とは違った企業風土が生まれたとされる。たとえば、2000年代に急成長を遂げるきっかけとなった「iモード」などは、NTT以外からの人材も積極的に登用することで、他社にはないサービスを生み出すことに成功している。
また、当時の政府は2001年3月に閣議決定された「規制改革推進3か年計画」において、NTTグループとの公正競争を確保するため、NTTドコモとNTTコミュニケーションズに対するNTTの出資比率を下げ、NTTグループから独立した完全民営会社にすることも計画していた。特に、NTTドコモについては、当時の電気通信サービスの主力が「音声通話」だったこともあり、NTT東日本、NTT西日本の加入電話(固定電話)と対抗できるサービスに成長することが期待されていた。しかし、閣議決定された「NTTドコモの独立案」は、その後、実行に移されることがなく、2020年に業界各社の反対を「法律的に定められていないので、子会社化しても問題ない」と突っぱね、NTTがNTTドコモを完全子会社化している。
「研究成果の開示」や「ユニバーサルサービス」を廃止したいNTT
では、具体的に、NTTにとって、NTT法のどんなことが困るのだろうか。これまでNTTが示してきた内容をいくつかピックアップしてみよう。
まず、NTTが挙げている項目のひとつに、「研究成果の開示」がある。NTTは前述のように、公的な立場から生まれた特殊な会社であるため、研究開発の成果を開示することが求められている。そのため、自らが開発した技術を利用したサービスや製品を市場に送り出そうとしても内容が開示されると、競争力が失われるという言い分だ。特に、NTTは国際競争力の面でのマイナスが大きいと訴える。同時に、NTTが他の企業と提携して、サービスを提供するような場合、開発した技術の漏えいを相手方の企業が警戒して、協業が実現しないという意見もある。ただ、研究成果の開示の基になる条文は、NTTが研究開発した成果を独占的に使うのではなく、広く普及に努めることが目的とされており、必ずしも研究成果の開示が必須とされていないという指摘もある。この研究成果の開示については、KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなども「NTTの主張は理解できるので、必要に応じて、NTT法を改正すればいいのではないか」と賛同する方針を示している。
会見に臨んだ、左から一般社団法人日本ケーブルテレビ連盟 専務理事 村田 太一氏、KDDI株式会社 代表取締役社長 CEO 高橋 誠氏、ソフトバンク株式会社 代表取締役 社長執行役員 兼 CEO 宮川 潤一氏、楽天モバイル株式会社 代表取締役会長 三木谷 浩史氏(オンラインで会見に参加)
次に挙げられるのがユニバーサルサービスの責務だ。NTTは電電公社から受け継ぐ形で、全国各地で固定電話のサービスを提供することが義務づけられている。たとえば、離島や山間部など、あまり人口が多くない地域でも住居や会社などに固定電話の設置を求められれば、そこに電話回線を敷設しなければならないわけだ。ちなみに、ユニバーサルサービスには固定電話(加入電話)だけでなく、公衆電話、緊急通報(110番、118番、119番)、災害用公衆電話なども含まれており、NTT法ではNTT東日本とNTT西日本がこれらのサービスを全国で広くあまねく提供するように義務づけている。
ただ、携帯電話の普及に伴い、固定電話の契約数は減少し続けており、収益は赤字が続いている。そこで、ユニバーサルサービスを維持するため、現在は携帯電話などを含め、1つの電話番号につき、2円程度のユニバーサルサービス料が請求される。携帯電話料金の明細書を確認すると、「ユニバーサルサービス料 2円」といった記述があるはずだ。こうして集められたユニバーサルサービス料は、ユニバーサルサービスの義務を負うNTT東日本とNTT西日本に交付され、2022年度は両社に合計64億円が補てんされている。
NTTとしてはユニバーサルサービスの義務を固定電話だけに限るのではなく、電気通信事業法で定められているブロードバンドインターネットのサービスも含め、提供方法も固定電話だけでなく、無線や衛星など、複数の手段を組み合わせ、それぞれの地域ごとに最適な事業者が担当するべきだとしている。つまり、メタルケーブルによる固定電話だけでなく、離島や山間部などでは携帯電話網や衛星を利用した音声電話サービスを提供するようにして、高速インターネット回線も固定電話と同じように、全国で広くあまねく使えるようにすべきというわけだ。ただし、すべての地域をNTT東日本とNTT西日本がカバーするのではなく、地域によってはNTT以外の通信事業者がユニバーサルサービスを担うようにするべきとも述べている。もし、どの事業者も担当しないときは、ユニバーサルサービス料と同様の交付金制度が整えば、NTT東日本とNTT西日本が担当することも可能だとしている。
NTTはこの他にも「外国人役員の登用禁止」「社名変更の禁止」など、細かい部分にも今の時代にそぐわない制限があるとしている。外国人役員の登用はNTTの外資規制とも関係し、NTTの株式を外資が保有し、外国に有利な方向で経営されてしまうと、国民に欠かせないサービスを提供できなくなることに起因する。同様の規制はNTT法だけでなく、放送法でも定められており、過去に東北新社などが違反し、行政指導を受けている。通信業界という視点で見ると、他社はこうした制限がなく、現在のソフトバンクも英Vodafone傘下のVodafone日本法人(それ以前は日本テレコム傘下のJ-フォン)を買収したものであり、外国人役員が登用されるケースも見受けられる。NTTとしては、同社が今後、もっとも注力する技術構想「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」を世界に展開していくうえで、海外の企業と提携するとき、相互に役員を送り合うことが制限されるのを危惧しているようだ。