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ここ数か月、通信各社で議論がくり広げられているのが「NTT法」(日本電信電話株式会社等に関する法律)の在り方だ。自民党内のプロジェクトチームが「廃止」の方針を打ち出し、NTTもこれを支持する一方、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルをはじめ、全国のケーブルテレビ会社や通信事業者、自治体などは、「NTT法廃止は国内の産業界全体に影響を与える」と、強く反対を主張している。NTT法を巡る議論は、何が問題なのか、どんな影響が考えられるのかを解説しよう。
NTT法を巡る議論
今回のNTT法を巡る議論は、2023年7月、自民党の萩生田光一政調会長が防衛財源確保のため、「政府が保有するNTT株の売却を検討する」と発言したことに端を発する。現在、NTT持株(日本電信電話株式会社)の株式は、NTT法により、3分の1を政府(名義上は財務大臣)が保有することが定められており、これを20年かけて、売却することで、増え続ける防衛費の財源に充てようという計画だった。
これに対し、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの通信事業者は、「NTT法廃止はNTT独占への回帰につながる」という懸念から、「NTT法廃止には絶対に反対」「時代に合わせ、NTT法を改正することには応じる」という立場を示していた。2023年10月19日には通信事業者3者に加え、全国180の事業者が連名で、要望書を自民党や総務大臣宛てに提出し、共同で記者会見も開き、その内容を説明したが、同日同時刻にはNTTも都内で会見を開き、「NTT法の役割は概ね完遂」「結果的に廃止になる」と、自らの陣営が利する自民党の方針を全面的に支持する姿勢を示した。
その後、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの中心とした各事業者は、11月、12月と、報道関係者向けの説明会を催し、NTT法の内容やNTTの置かれている立場、廃止によって、どんな自体が危惧されるのかをていねいに説明してきた。なかでも12月の記者会見では、会見そのものをYouTubeでライブ配信するなど、今回の問題を広く国民に知ってもらおうという強い姿勢をうかがわせた。
一方、自民党の甘利明衆議院議員を中心としたプロジェクトチームは、NTTや関係各社へのヒアリングを経て、「「日本電信電話株式会社等に関する法律等」の在り方に関する提言」をまとめ、12月5日に自民党のWebサイトで公開している。そこでは「防衛財源確保のため~」という理由付けがなくなったものの、政府が保有するNTT株を売却し、2025年をめどにNTT法を廃止するとしており、当事者であるNTTも強く支持する姿勢を示している。
NTT法を理解するために知っておきたいこと
さて、こうした状況だけを見ると、NTTとそれ以外の通信事業者が争っているだけのように見え、規制緩和の流れから「別に廃止しても問題ないのでは……」と考えてしまいそうだが、実はそう簡単な話ではない。NTT法を巡る議論を理解していくうえで、まず、NTTという特殊な位置付けの会社について、知っておきたい。
世代によって、やや認識が異なるかもしれないが、NTTという企業が元々、「日本電信電話公社」、俗に「電電公社」と呼ばれる公的な事業体であったことは、多くの人がご存知だろう。国内における電信電話サービスは、第二次世界大戦前の逓信省の管理の下で運営され、戦後の1952年に設立された日本電信電話公社(電電公社)に受け継がれている。ちなみに、電電公社が設立されたときの資本金は、政府の「電気通信事業特別会計」を基に、当時の金額にして、約180億円が拠出されている。
その後、日本が高度経済成長期に入る1960年代からは、固定電話(加入電話)を中心に、電信電話サービスは広く普及しはじめ、企業や店舗だけでなく、個人宅にも電話回線が敷設され、国民生活を支えるサービスになっていった。携帯電話が普及した今からは考えられないが、1960年代頃までは固定電話がない一般家庭も多く、近所の電話を持つ世帯を呼び出してもらい、電話がかかってくると、「○○さん、△△というところから電話よ」と呼び出され、電話に応答することも日常的だった。
そんな国内の電信電話サービスが大きな転機を迎えたのが1985年の『通信の自由化』『電電公社の民営化』だ。このとき、電電公社を民営化した日本電信電話株式会社が設立され、「日本電信電話株式会社等に関する法律」、いわゆる「NTT法」が定められている。
NTT法が定められた背景には、母体となる電電公社が利用者から徴収した料金や「設備料」(現在の「施設設置負担金」)、「電信電話債券」などによって、局舎や土地、洞道、電柱、管路、電話回線(メタルケーブル)などの設備を構築し、国内の電信電話サービスを独占的に提供してきたことが関係している。こうした状況を踏まえ、NTTが広くあまねく全国で電話サービスの提供することを維持させつつ、新規に参入する事業者と公平な競争ができる環境を作り出すことが考慮されている。
1987年には「通信の自由化」によって、第二電電(現在のKDDI)、日本高速通信(1998年にKDDIに吸収合併)、日本テレコム(2015年にソフトバンクに吸収合併)のNCC(New Common Carrier/新電電)3社が長距離中継電話サービスに参入し、電話料金の競争がスタートする。当時、東京と大阪間の長距離電話のNTTの料金が3分400円だったのに対し、NCC3社は3分300円という通話料を実現し、全国各地に支社や支店を展開する企業などを中心に、NCCの中継サービスが普及しはじめた。一方、NTTも対抗値下げをしたことで、各社の料金競争は激しさを増し、通話する時間帯や相手によって、どの会社がもっとも安くなるのかがわからなくなったが、自動的にもっとも割安な事業者で電話を発信する「LCR」(Low Cost Routing)という技術が開発される。通信の自由化と同時に、電話回線に接続する電話機(端末)も自由化されたため、電電公社の貸与品の黒電話以外に、家庭用電話機が販売されるようになり、これらの製品にLCR機能が搭載され、人気を集めた。ちなみに、LCRの基本特許は当時のソフトバンク(現在のソフトバンクグループ)代表取締役社長の孫正義氏が取得し、現在も保持している。