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産総研とNTTの研究グループが複数のシリコン量子ドットから発生する微小電流を世界最高精度で比較・制御する技術を開発

2024.01.05

産業技術総合研究所(以下産業研)と日本電信電話(以下NTT)は、産業研物理計測標準研究部門量子電気標準研究グループの中村秀司主任研究員、物理計測標準研究部門の金子晋久首席研究員と、NTTの藤原聡上席特別研究員、山端元音特別研究員が共同で、量子電流標準実現に向け、複数の量子ドット素子で、不確かさの小さな電流を発生することに成功したことを発表した。

量子力学におけるオームの法則“量子メトロロジートライアングル”の検証に向けて技術課題をクリア

電流は1秒間に流れる電子の数で大きさが決まる。この技術では、ナノ加工によって作製した大きさが数十ナノメートル(ナノは1の10億分の1)程度の単一電子素子であるシリコン量子ドットで、電子を”一粒ずつ”制御する。

今回実験グループは、2つの異なるシリコン量子ドットを精密に制御し、それぞれ1秒間に10億個の電子を運んで微小電流を発生させた。その結果、素子の違いによらず大きさのそろった一定の電流を発生させることに成功し、2つの電流値が電流全体の4×10-7以下の相対不確かさで一致している(これは、各素子において1秒間に運ぶ10億個の電子のうち、素子間の相違が400個しかないことを意味する)ことを確認した。

さらに、2つのシリコン量子ドットを並列に組み合わせることで、不確かさを同程度に保ったまま、2倍された電流を発生させることにも成功し、量子電流標準として必要な電流の範囲の拡張技術を確立した。

この精密な電流発生技術と電流比較技術はナノアンペア以下の微小電流計測の“標準”として役立ち、半導体微細加工や化学計測、放射線計測など電流計測を高精度化することに貢献する。

■開発の社会的背景

近年、微細加工技術や物理・化学などで利用される超高感度計測技術の発展とともに、フェムトアンペア(フェムトは1の1000兆分の1)からナノアンペア以下の微小な電流を精確に発生・測定することが求められている。現在、このような精確な電流測定を担保する電流の基準、すなわち“電流標準”は、量子力学的な現象を用いて実現される「量子ホール抵抗標準」と「ジョセフソン電圧標準」によって値を付けられた抵抗器と電圧源をオームの法則を介して結びつけることで実現されている。

しかしながら、このような手法で実現される電流標準は、電流値が小さくなっていくにしたがって相対不確かさが大きくってなっていくという問題がある(図1左グラフ)。ナノアンペア以下の微小電流では10-3以下の相対不確かさを持った電流標準は現在も実現しておらず、医療のための放射線計測や化学のための粒子計測など、高精度計測に必要な微小電流標準の実現が待たれている。

↑図1 オームの法則で作られる電流による校正の不確かさと電流値の関係

■研究の経緯

このような問題を解決するため、単一電子素子と呼ばれる微小な素子によって電子を一粒ずつ制御することで、微小電流標準を実現しようという試みが行なわれている。電流の大きさは「1秒間に流れる電子の数」で決まるため、単一電子素子で電子を精確に一粒ずつ制御し、決まった個数の電子を導体上に流すことができれば、不確かさの小さな電流を実現することができる。この単一電子素子を用いた電流標準の研究は、1990年代に提案されて以来、各国の研究者による地道な研究が続けられ、現在では160ピコアンペア(ピコは1の1兆分の1)の電流をおよそ10-7の相対不確かさで発生することが可能になっている。

微小電流のための実用的な標準を実現するためには、使用する素子の違いによらず一定の電流を発生する技術の確立が求められる。さらに、電流値の可変とより小さな不確かさを同時に達成する必要もある。しかしながら、この単一電子素子の手法では、複数の独立した素子で一定の微小電流を同時に発生した際の、電流値の同等性・普遍性は検証されていなかった。また、この手法では1秒間に流す電子の数を多くすると、電子の運び損ないが発生し電流の不確かさが大きくってなってしまうという問題もあった。

産総研はこれまで、微小な電流に対する電流標準を実現するため単一電子素子の研究と微小な電流を精確に測定する精密電流計測技術を開発してきた。また、NTTはこれまでシリコン量子ドットを用いた電流標準の研究をすすめ、世界で最高精度の電流を発生させる量子ドットの作製技術を有している。今回、NTTが作製したシリコン量子ドット素子と産総研が持つ精密電流計測技術を組み合わせることにより、2つの独立したシリコン量子ドットから発生した電流の大きさを精密に比較し、その2つが4×10-7程度の不確かさで一致していることを世界で初めて確かめた。さらにこの比較した電流を2つ足し合わせることで、不確かさを小さく保ったまま電流を逓倍(2倍)することに成功した。

なお、本研究開発は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究S「単電子制御による量子標準・極限計測技術の開発(2018~2022年度)」による支援を受けている。

■研究の内容

本研究では、微細加工技術によって大きさ数十ナノメートル程度の2つのシリコン量子ドット(素子A、素子B)を作製し、実験を行なった。素子の作製をNTTで行ない、電流の精密測定を産総研で行なった。

電流の発生には、まず2つのゲート電極に負の電圧を印加することで、シリコンのワイヤー中に量子ドットを形成する(図2左(1))。次にこの2つのゲート電極のうち片側に正の電圧を印加することで、シリコンワイヤー中のエネルギー障壁を低下させ、ソース側の電子を量子ドット内へと誘導する(図2左(2))。正の電圧を印加した電極に、今度は負の電圧を印加することで、ポテンシャルエネルギーを増加させ、量子ドット内に電子を一つだけ取り出します(図2左(3))。最後に負電圧を大きくすることで、量子ドットに閉じ込められた電子をドレイン側へと放出する(図2左(4))。

この(1)から(4)の一連の動作を交流電圧によって連続的に行なうことで、電子をひとつひとつ移送して電流を発生させる。このとき発生する電流Iは、1秒間に運ばれる電子の個数f(個/秒)と電気素量e(1.602176634×10-19 C)の積(I = e×f )になる。

図2右は、実際に二つの独立な素子によって、1秒間に10億個の電子を送り出し、発生させた電流をドレイン側の電圧に関してプロットした結果で、電流がゲート電圧に対して変化しない領域(電流プラトー)が形成されていることがわかる。実験では、この電流プラトーの精密な評価を行ない、2つの素子ともに10-6以下の精度で理論的な値I = e×fと一致していることを確かめた。

↑図2 シリコン量子ドットによる電流発生のメカニズム(左)と二つの素子で発生した電流(右)

この実験では、さらにこの2つの素子の電流の違いを精密に評価するため、特殊な検流計を利用して電流の直接比較を行なった。その結果、発生した2つの電流が、電流全体の4×10-7以下の相対不確かさで一致していることを確かめた(図3(a))。この結果は、2つのシリコン量子ドットから発生する電流が、素子の違いによらず一定の電流を生成できることを初めて示した。さらに本研究では、互いに同じ大きさだと確認された電流を、素子を並列に並べることで足し合わせ不確かさを10-6程度に維持したまま電流の大きさを2倍にできることも世界で初めて実証した(図3(b))。

↑図3 (a) 二つのシリコン量子ドットで発生した電流の直接比較(薄い色のデーターは積算が小さいもの、濃いデーターは積算が大きいもの)
(b) 二つのシリコン量子ドットを並列駆動し、電流を逓倍した結果。ppmは1×10-6の割合を表す

これらの結果は、異なる2つの独立したシリコン量子ドットによって発生した微小な電流が同等な値をとることを確認した初めての実験結果であり、今後、微小電流計測の精確性を担保する電流標準の実現に貢献する成果となる。

↑図4 今回の実験で発生させた電流の大きさとその不確かさ

■今後の予定

今後は、今回確立した相互比較と並列化による電流の逓倍の技術を用いて、より多くの素子での並列駆動を行なう。これによって、長年実現することが難しかった微小電流標準の確立を目指す。さらに、複数の単一電子素子を用いたこの技術により、量子電流標準と量子ホール抵抗標準、および、ジョセフソン電圧標準の三つをオームの法則を介して組み合わせることで、量子メトロロジートライアングルの検証を行なう。この検証により、ミクロな世界を記述する基礎物理定数に矛盾がないことを示すなど、基礎物理学の進歩に貢献するとともに、さまざまな精密計測技術への応用が期待される。

関連情報
https://www.aist.go.jp/
https://group.ntt/jp/rd/

構成/立原尚子

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