名古屋の〝田舎蕎麦〟に峠・水田・清流を感じた
突然だが、ここでひとつ質問に答えたいと思う。お蕎麦好きを公言して、全国各地のお店に足を運んでいるからだろう。「おいしいお蕎麦屋さんを見分けるコツはありますか?」と、しょっちゅう聞かれるのだ。
実はお店の立地に関して池森なりの持論ある。豊かな自然に囲まれた峠に暖簾を構えていること。近くに田んぼがあること。そして、きれいな川が流れていること。口コミに頼るだけでなく、環境に目を向けてみると〝当たりの店〟を引き当てる確率が一気に高まるように感じている。
そうはいっても、田舎にばかりいいお店が集中しているとは限らない。都会にだって〝おいしいお蕎麦屋さん〟は存在するのだから不思議だ。名古屋市屈指の繁華街の中心にある「玄水」は、僕の持論をいい意味で裏切る名店だった。
名古屋はツアーでたびたび訪れる街のひとつで、「玄水」の存在はずっと頭の片隅にあった。長らく暖簾をくぐる機会に恵まれなかったのだが、ついに念願のお蕎麦と対面できた。
メニューを開いてまず驚いたのが、産地違いのお蕎麦を6種類の中から選ぶスタイルだ。種類の多さにも驚いたが、品種によって水の硬度にまでこだわるというのだからハンパない。まるでワインセラーを前にした気分だった。いっそのこと食べ比べしようかと考えたのだが、僕の胃袋が許してくれないだろう。そこで大好きな『辛味大根せいろ』で、福井県の在来種「丸岡在来種」をいただくことにした。
せいろにのったのは、風情を感じる田舎蕎麦。麺線は少し太めで色が濃く、何よりも芳醇な香りに在来種ならではの強さを感じた。もちろん、粘りや甘味も強い。辛味大根とのコントラストが絶妙だ! 福井県は多くの在来種が現存する日本屈指のそば処である。過去に「丸岡在来種」を口にしたことはあったが、まさか都会のど真ん中で再び堪能することになるとは思いもよらなかった。
さて、会計を終えてから気づいたことがある。どうやらお蕎麦単品で食事をすませたのは我々だけだったらしい。次はコースにしようか、別の在来種を食べようか、と後ろ髪を引かれながらお店をあとにすると、職人気質な大将がお見送りをしてくれた。そのギャップに萌えを感じながら、またの来訪を誓うのだった。おいしいお蕎麦を、ご馳走さまでした。
『辛味大根せいろ』1650円
古式蕎麦 玄水
[住]愛知県名古屋市中区錦3-11-15 錦101ビル1F
[電]050・5456・9785 [休]日曜、月曜
いけもり しゅういち
DEENのヴォーカリストであり、YouTubeチャンネル『信州戸隠池森そば 赤坂店』店主。2023年3月にDEENデビュー30周年を記念したライヴを日本武道館で開催。自身初のレシピ本『分とく山・野﨑洋光監修DEEN池森の「創作」乾麺蕎麦レシピ』(小学館)発売中!
※「池森秀一の蕎麦ログ」は、雑誌「DIME」で好評連載中。なお、本記事はDIME1月号に掲載されたものです。
※本記事内に記載されている商品やサービスの価格は2023年10月31日時点のもので変更になる場合があります。ご了承ください。