起業における“自画自賛”のリスク
では楽観バイアスの落とし穴はどんなところにあるのか?たとえば老若男女を問わずに人気のフードメニューである唐揚げだが、今年は唐揚げ店の倒産が急増していることがニュースで報じられている。年間の倒産数はすでに過去最多になっているということだ。
そもそも飲食店や総菜・弁当店は業態として参入と撤退が激しい流動性の高い分野であり、華々しく出店したものの軌道に乗らずに撤退していく店は枚挙に暇がない。唐揚げ店にしたところで、閉店が多くともこれから新規オープンする店もそれなりにあるはずである。
もちろん出店に際して経営者は相応の“勝算”が感じられるからこそ打って出ているわけだが、そこに楽観バイアスがかかっている疑惑は拭い去れそうもない。
一説では飲食店は開店から1年目で約3割が撤退を余儀なくされ、2年目になると約5割、3年目では7割にも達するといわれている。
単純にこの事実こそが開店時の楽観バイアスの存在を物語っているのだろう。特殊な業態や経営戦略を除き、3年で撤退することを見込んでオープンさせる店は少ないはずである。
前出の研究チームのクリス・ドーソン博士によれば、その楽観バイアスの中でも特に厄介なのが“自画自賛(self-flattering)”であるという。自画自賛にもとづく計画と意思決定は悪い結果をもたらすことは間違いないというのである。
特に集合住宅であればポストにはさまざまなチラシが日々投函されているものだが、その中には近場でオープンした飲食店の告知チラシも少なくない。
そうしたチラシの多くはひと目見た後にすぐ忘れてしまうものだが、ある意味できわめてインパクトのある飲食店のチラシがあったことを個人的によく憶えている。
そのチラシには店主の写真が大きめに掲載されており、プロフィールと自己紹介がそれなりの分量で書き込まれていて、趣味についての一家言も記されていた。
もちろん料理についてのこだわりも書き綴られていたのだが、料理よりもむしろ自分というキャラクターの売り込みのようにも思えるチラシであった。
「営業マンは商品ではなく自分を売り込め」の格言を地で行くプロモーション手法ということにもなるが、そこに“自画自賛”のニュアンスを感じなかったかと言えば嘘になる。
ともあれ店舗オープンに際しての店主の並々ならぬ“熱量”が伝わってきたわけだが、その後何度かお店の前を通りかかった時に店内を覗いてみるとお世辞にもお客が入っているとは言えず、お客が1人もいない時もあった。
そして残念ながらその後しばらくして閉店という結末を迎えたのである。店主におかれては痛恨の極みであったに違いなく同情を禁じ得ない。
閉店の理由が経営不振ではない可能性もあるのだが、いずれにしても残念で寂しい顛末に感じられた。チラシを憶えていただけになおさらである。
閉店の主な原因があのチラシにあったわけではないだろうが、きっとやや強めであったであろう楽観バイアスがもしなかったならば、あのようなPR手法のチラシは作らなかったかもしれない。そしてそもそも現実に則した検討の段階で開業を諦めることもじゅうぶんにあり得た。
チャレンジ精神そのものを否定することはできないのだが、意思決定においては過度の楽観主義には落し穴があるようだ。特に起業や投資においてはいったん“頭を冷やしてみる”ことも必要なのだろう。
研究論文:
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/01461672231209400
文/仲田しんじ