■連載/阿部純子のトレンド探検隊
土地問題のない深海を安住の地にする「深海葬」
モンディアルが11月より開始した「深海葬」は、遺骨をパウダー状にし、天然素材のクリオネ型骨壺「クリオール」に収め、日本一水深が深い湾である駿河湾の海底2000mに安置する新しい形の埋葬サービス。
埋葬前にはクルーザー上でセレモニーを執り行い、埋葬した場所や深さがわかる「深海埋葬証明書」を発行。Google Earthを使用した位置情報にはオリジナルの墓標が示され、PCやスマートフォンからいつでもお墓参りができる。
オリジナルの墓標には、サービス開始時点では故人の写真を表示するが、今後故人のアバターを作成し、そのアバターとコミュニケーションが取れる新サービス(オプション)が来年の春に開始予定。
サービスを提供するモンディアルは葬祭業ではなくデザイン会社。同社の代表取締役 小泉賢司氏は、国内大手メーカーでデザインと宣伝に約20年携わった後に独立して起業した。
会社在籍時には森や公園でスマホを使って昆虫採集するビーコンを活用した虫捕り擬似体験アプリや、独立後は海の環境を考える「アルミ製干物型洗濯バサミプロジェクト」、「新島ミライプロジェクト」など、デザインだけに留まらない数多くのプロジェクトに携わっている。
独創的な発想で様々な業種に取り組んできた小泉氏に、「深海葬」を始めた経緯、ユニークなアイデアが生まれる背景などについて話を伺った。
〇亡くなって魂になっても今生の世界と繋がりたいと願う高齢者
「サラリーマン時代に高齢者向けの商品を開発する企画があり、リサーチ目的で高齢者施設にてインタビューをした際、『死ぬのは怖くないけれど、死んだ後に子どもや孫たちがお墓参りに来てくれるかどうか心配』と話す方がいました。
10年ほど前でしたが、当時は今ほど自然葬が盛んでもなく、お墓はあっても自分が亡くなった後にお墓に来てくれるか、みなさん不安を口にしていた。亡くなってもなお魂は生き続け、今生の世界と繋がりたい気持ちを持っているのだとわかり、マーク・ザッカーバーグが『人は繋がりたい生き物だ』と言ったように、私は『人は亡くなっても繋がりたい生き物なのだ』と思いを強くするようになりました。
2015年には『どうしたらお墓参りに来てもらえるか?』を考え、お墓は日当たりの良い場所にあるので、お墓にソーラーパネルとビーコンをつけ、子どもや孫がお墓参りに行くと携帯に反応しておじいちゃん・おばあちゃんからメッセージが届き、Payサービスを使ってお小遣いが入るからお墓参りに来てもらうみたいなことも考え、具現化しました。
同様にビーコンを活用した虫捕り擬似体験アプリは小学館『ビーパル』にも監修していただいてイベントも開催しました。昨今、子どもたちが山で虫を捕まえたくても両親の世代が山で遊んだ体験が少ない。そんな時代に虫の生態や里山の自然環境の豊かさを体験していただくために開発しました。
虫捕りアプリは疑似体験なのですが、捕まえた虫はある日、突然死んでしまうんです。デジタルの中に死という概念を入れてリアルな虫捕りに近い体験を提供しました。このアイデアはApple社も興味を持ってくれて、とても面白がっていました」
〇鯵の干物のアルミ洗濯ばさみ
「勤め人時代に作ってきたデザインは、用途が終わったら捨てられてしまうパッケージでしたので、独立したら、捨てられることのない、長く使えるものを作りたいという思いがありました。
私は静岡県沼津市出身で、退職した後に久しぶりに地元へ帰ったところ、お茶、みかんと並んで静岡の代名詞だった鯵の干物が、温暖化による影響で、魚が獲れなくなり干物の生産者さんが少なくなっていることを知りました。そしてなにより若い人たちが干物を食べなくなったこともあり衰退していたんです。
鯵の干物を沼津市民に見直してもらいたいと、毎日目にするものを鯵の干物のデザインにしようと考え、アルミ製の洗濯ばさみを作りました。干物も洗濯物も干されるということでは共通点がありますしね(笑)。
沼津市役所や水産加工組合様からアイデアは評価されましたが、商品化については反応が鈍かったんです。地元沼津での実現がかなり難しく迷っていた時に、あるセミナーで東京都の方と繋がりました。私の会社は東京都渋谷区に登記しており、足元でとてもいい繋がりができたのです。
東京の11の島々のブランディグ事業「東京宝島」というプロジェクトがあったのですが、東京の島にも干物を作っている業者が多くいるので、「東京宝島」のプロジェクトで活用したいとお声がけいただきました。
ほどなくして新島の水産加工組合からお問い合わせをいただき、トントン拍子で進んでいきました。このプロジェクトは日経新聞全国版やNHK、民放の各ニュースでも取り上げられ一気に広がっていきました。
東京の離島では紫外線や風が強く、塩害もあるのでプラスチックの洗濯ばさみはすぐに劣化し、やがて海に散りマイクロプラスチックになり、干物の原料である魚の中に蓄積されしまう恐れもゼロではありません。しかし、プラスチック問題は島の方々も認識していたものの、具体的に何をしたらいいかわからない状態でした。
そこで、新島の各家庭にアルミの洗濯ばさみを20個ずつ配り、さらに家庭にあるプラスチックの洗濯ばさみを、壊れたものも含めすべて交換しました。その後も式根島や大島、他の島々でも洗濯ばさみプロジェクトを行い、島によってはさみの色を変えています。島のPRもなり、スマートに脱プラができると、うまくマッチングした事例になりました」
〇「深海葬」が生まれたきっかけ
「私が高校生の時に母が亡くなりましたが、40年経ってもまだ喪失感があるんです。私のようにずっと引きずる人もいれば、2~3年で気持ちを切り替えることができる人もいます。痛みや喪失感が軽減される期間は人によってかなり異なると思います。
母の死を経験したためか、私はずっと葬儀とかあの世に対してとても興味がありました。会社在籍時に高齢者にインタビューした経験からリアルなお墓問題もたくさん伺っており、ずっと自分の中でなんらかの形にしたいという思いがありました。
外国人の友人から「アメリカは土葬なのでいずれ大地の肥やしになって自然の循環の一部となるけれど、日本は石のお墓に入ったら一切外の世界から遮断されるよね。仏教徒としてはそれってどうなの?」と聞かれたことがあります。
昨今、自然葬がこんなに増えているのは、価格やお墓事情だけでなく、日本人の根底にある、土に還る、自然に戻る、そうした願望があるからかもしれません。
江戸時代までは日本も土葬で、墓に入れるのは身分の高い人だけ。それが今、等しくみんなにお墓がある時代になり、その反動で、お墓なんていらないと考える人が増えているのではないかと思うんです。
私自身は無宗教ですが、自分が礎になって、また何かに生まれ変わって帰ってくる仏教的な輪廻転生という考え方は広く受け入れられるのではないかと、すべての生命の源である海に還る深海葬に行きつきました。
深海葬のアイデアを考えていた時に、たまたまテレビで「しんかい2000」が深海に降りて行く様子を見ました。海底にはペットボトルだらけの映像が映っており、それを見て衝撃が走りました。海のお墓となる場所がゴミだらけなんてたまらないじゃないですか。マイクロプラスチック問題を自分事としてみなさんに知っていただきたい。アルミの洗濯ばさみも深海葬も根底では繋がっているんです。
海に納める形として、骨壺は「海の天使」と呼ばれるクリオネの形にしました。クリオールは64秒で海底に到達すると想定されます(下記動画はテスト運用の様子)。
クリオールの素材は沖縄県産の「クチャ」という100%天然由来の泥岩で、もともと海から引き上げた泥岩を固めているので、ご遺骨と共に一週間ほどで溶けて海に還っていきます。
海に納めた場所は墓標として、海図をもとにしたGPS情報を紙とデジタルデータをご遺族にお渡しして、ご遺族の許可があれば故人と親しかった方々とも共有できます。
さらに、大切な人を亡くし喪失感の中にある方たちに寄り添うサービスとして、来春の実装を目指して故人のアバターが墓標に出てきてコミュニケーションできる、生成AI技術を使ったサービスをIT企業と共に開発中です。
故人のアバターが生成AIの技術を使い、話すにつれてどんどん精度が増していくイメージです。リアルなアバターは拒否感がある方もいるので、親しみやすいキャラクターでのアバターを目指しています。
深海葬のターゲット層は今、全力で生きている人です。元気なうちに自分のアバターをトレーニングしておいて、いつ亡くなってもOKな状態にしておく。事前に自分の気に入った遺影を撮っておく感覚ですね。
AIで死者を再生することは倫理観が問われると理解していますが、再生するのがどこまでが良くて、どこからが悪いのか、その点についてはまだ誰もやっていない未知の領域なので、まずは私たちが世の中に形として見せようと考えています。
そこからみなさんの議論が起こればいいですし、このサービスに共感していただいた方に使ってもらえればいいと思いますので、生前のうちに予約していただくことが重要だと考えています。
例えば、先立ったお父さんのアバターが、お母さんがいよいよという時に「大丈夫。こっちも楽しいから」って答えてくれる。終末医療の現場など、可能性は無限大と考えています。AIは天使か悪魔かという議論がありますが、私が目指すAIは人に寄り添う優しさのあふれるAIであり、私はそういう世界があったらいいと思っています」
〇「天国の可視化」を実現したい
「深海葬以外にも、遠方にお墓があり頻繁に墓参りができない方に、墓じまいをしなくてもGoogle Earth上に墓標を表示し、いつでもそこにお参りに行って故人と会える“天国の可視化”を実現したいと考えています。
さらに近い将来やりたいと考えているのが“あの世サービス”。天国からオンラインショッピングサイトで妻にプレゼントが届いたり、息子の誕生日に野球のグローブが届いたり、今は地位も名誉もお金もあの世に持っていけないですが、『いいえ、あの世にも持っていけます』というサービスを構築したいと考えています。
ワインやウイスキーのように熟成まで長い時間がかかる商品は、事前購入した人が受け取る前に亡くなる可能性もあります。子どもや孫たちに、あの世から故人のアバターがウイスキーを贈るということもあり得る未来ではないでしょうか。
私は“あの世の消費”と呼んでいますが、死んだら終わりというクローズしたマーケットでもなく、あの世にもマーケットがあるという考え方で、あの世の消費がサービス化できたらブルーオーシャンならぬ、ディープブルーオーシャンに成り得るのではないでしょうか。
今生の世界が1としたら死後の世界は0と、宗教も含めて二元的な考え方が多いと思いますが、川に例えるなら、真水があり、海水があり、中間の汽水域があるように、死生観も生と死の間の揺らぎの部分があると思っています。
人間はそんなに簡単には割り切れない生き物なので、揺らぎの部分を行ったり来たりすることをあの世サービスで伝えていきたいと考えています。
ご遺骨をお預かりして海に納めるサービスは、もちろん身を正して行わなければいけないことですが、その後に広がる世界を見せることによって天国を可視化し、例えば終末医療の世界でも応用できるような、今を生きるすべての人に有益なサービスと信じています」
【AJの読み】元気なうちに自分らしい人生の終わり方を考える
「深海葬」の費用は遺骨のパウダー処理代、クルーザーチャーター代、献花用花代込みで109万7800円。契約後に遺骨を預かり、深海葬セレモニー(所要時間は約2時間)を実施後、「深海埋葬証明書」発行する。オリジナルデジタル墓標は1ヶ月程度を目処に設定される。
本サービスは本年11月9日にローンチ、11月24日時点で問い合わせは約40件あり、すべて事前予約の希望者だったという。
葬式と深海葬をパッケージ化した生命保険の生前契約プランもあり、生命保険会社の信託事業への組み込みや、火葬後に深海葬までをセットにした「おひとり様プラン」も確定している。
「クリオール」には遺骨が四柱まで入るので、墓じまいなどで複数の遺骨を納めて執り行うことも可能。遺族のセレモニーの出席が難しい場合は、オンラインで深海葬参加もでき、後日写真とデジタル墓標のGPSデータ、深海埋葬証明書を郵送する。
「いずれは深海葬を沼津のふるさと納税にしていただきたいと考えています。例えば100万円で納税してもらったら駿河湾で深海葬を行い、100万円をビーチクリーン団体に使ってもらうようにします。ビーチクリーン団体は、いわば自分が安らかに眠る場所を毎週お掃除してくれる人たち。人間も自然の一部ですし、環境保護活動とリンクすることで、人間も自然界の一部であるという考えの醸成を図っていきたいと考えています」(小泉氏)
深海葬は自然葬のひとつだが、死を迎えたときにどのように送られたいのか、元気なうちに自分らしい人生の終わり方を考えるきっかけになる。終活の新しい選択肢として、今後注目を集めそうだ。
文/阿部純子