連載/ゴン川野のPC Audio Lab 「骨伝導から空気伝導へ移行」
耳をふさがない「ながら聴き」イヤホンに異変が起こっている。もともとながら聴きイヤホンは、完全ワイヤレスイヤホンの遮音性が高く、さらにANC機能のおかげで周囲の音が聞こえなくなったことからのアンチテーゼとして生まれた。最初に登場したのは、骨伝導ドライバーを使ったタイプだ。通常のイヤホンは空気の振動を鼓膜に伝える。しかし、骨伝導は耳の近くの骨を振動させ鼓膜の先にある蝸牛を振動させる。このため耳の穴を塞がずに音が伝えられ、同時に耳から入ってきた音も聞けるのだ。
骨伝導イヤホンには、ながら聴き以外にもメリットがある。耳に圧迫感がないため長時間使用してもストレスがない。耳の穴のサイズに関係なくフィットしてイヤホンが抜け落ちる心配もない。通話時に自分の声が響かず不自然な音にならない。いいこと尽くめに思える骨伝導イヤホンだが、もともと通話用に作られたため音楽再生に使うと再生レンジが狭く音質的に不利だった。この弱点を補うために音楽専用の骨伝導イヤホンも登場したのだが、大型化、高価格化に向かってしまった。
そこに登場したのがSONY「LinkBuds」である。中心に穴の空いたダイナミック型ドライバーを採用して小型軽量で、ながら聴きを実現。骨伝導ではなく従来の空気伝導でも、ながら聴きが可能なことを証明した。現在は各社から空気伝導を使った高音質なながら聴きイヤホンが登場している。今回はその中からJBL、nwm、Clearの最新3モデルを比較試聴した。
■JBL「Soundgear Sense」
オーディオブランドの老舗、JBLが音質にこだわって作った初のながら聴きイヤホン。大口径16.2mmのダイナミック型ドライバーと独自の低音強化でヌケのいい音を聴かせる。音漏れ防止機能も搭載している。IP54対応なのでアウトドアでも心配ない。EQは3バンドだが実用性は高くプリセットされたカーブも使いやすい。イヤホンの角度調整機能により物理的に外音と音楽のバランスを調整可能。フィット感も良好だった。付属のネックバンドを使えばネックバンドスタイルにもなり、ジョギングやワークアウトにも安心して使える。
高音質コーデックに未対応なのが残念。DAPを使うとボーカルで歪みやすい帯域があり、レンジの狭さ、解像度の低さが気になった。aptX対応のスマホであれば、Clearかnwmの方が高音質を狙えるだろう。iPhoneとの相性は抜群で音量を上げれば厚みのある低音と粒立ちがよく抜けのいい高音が再生され、通常のワイヤレスイヤホンに負けない音質で音楽が楽しめる。
耳に装着するとかなり存在感がある。カラーはブラックとホワイトがある
アプリを使ってタッチ操作のカスタマイズに対応。EQは3バンドで5種類のプリセットがあり、オリジナルカーブの追加保存もできる
■nwm「MBE001」
ヌームとは聞いたことのないブランドだが、開発したのはNTTソノリティというNTTが2021年に設立した音響信号処理技術の専門企業である。PSZ(パーソナライズド・サウンド・ゾーン)と呼ばれる技術を使い音漏れを防ぐ機能を搭載している。原理的にはANCと同じようなもので、ドライバーから出る逆相信号を利用して音漏れを打ち消している。有線タイプ、ネックバンドタイプと完全ワイヤレスのMBE001の3タイプが製品化されている。JBLが音質重視だったのに対して、こちらはながら聴き重視の音作りだ。低音はタイトで、中高音もタイトでヌケがよく、小音量でもハッキリ聞こえる。アプリにEQ機能があるが、これで低音を持ち上げても思うような量感は得られなかった。本体に位置調整機能はなく補聴器のように耳の後ろにひっかける装着方式。私はやや耳への圧迫感があった。充電ケースはスリムで軽量だが、充電池非搭載で、USB-CケーブルでノートPCなどに接続しないと充電出来ないのが不便だ。最大音量はそんなに大きくないせいもあるが、音漏れはほとんどなく電車内で使っても問題ないだろう。aptXでの再生時に比較して、iPhoneで聴くとレンジが狭くなりフラットな音になった。
カラーはホワイトベージュとダークブラウンの2色。ケースはバッテリーレス
ケース内はフラット、マグネットでイヤホンの充電端子を固定する
7バンドのEQ機能があるが周波数帯域の数値はなく低音、中音、高音の表示のみと分かりやすさ優先になっている
同時に複数のBluetooth接続ができるマルチポイント対応、ON/OFFはアプリからおこなう
■Clear「ARC II Music Edition」
Clearはアメリカのオーディオブランドで、創業者は米SONYで長年オーディオ製品に関するキャリアを積んだパトリック・ファン。音にこだわるSONYやフォステクス出身の日本人エンジニアも参加して2012年に設立された。ARC IIの対応コーデックはSBC/AACに加えてaptX、aptX lossless、aptX Adaptiveと3機種中で最も多く、JBLと同じサイズの大口径16.2mmドライバーを採用している。バッテリー持続時間はライバルより2時間長い8時間を実現。防水性能はIPX5である。MUSIC以外にSPORTとGAMEがある。最もハイコスパでベーシックなモデルがMUSICだ。
低音は量感たっぷりでながら聴きイヤホンとは思えないレベルだ。ボーカルはウォームで心地よい。音にこだわるブランドだけあって、iPhoneで再生してもそれなりの高音質だ。外音と音楽とのバランスもよく大音量にすれば、通常のワイヤレスイヤホン感覚で音楽を楽しめる。装着感は軽く、本体とフックを接続するヒンジ部分にスプリングが使われそのテンションで固定しているようだ。ここで耳に当たる角度を変えられ、外音と音楽のバランスを微調整できる。操作は本体のタッチセンサーでおこなうのだが、これはやや使い難いと感じた。DAPもスマホも高音質で聞きたい人にオススメ。装着方法が独自なので自分の耳に合うかどうか、事前に試したほうがいい。
カラーは画像のネイビーブルーとホワイトの2色、装着時の外見はARC IIが最も普通のイヤホンに近い
マルチポイント対応、空間オーディオにも対応、アプリを使ってモーションコントロールも設定できる
アプリには5バンドのEQ機能がありオリジナルカーブも保存できる
音漏れ少なく通話機能はどれも優秀
iPhone 11 Proを使って、3モデルの通話機能を試してみたが、どれも周囲のノイズが抑えられ音声だけが相手にクリアーに伝わった。通話品質に関して不満はない。音漏れに関してはJBLとnwmに関してはほぼ同等で、Clearは音量を上げた時に高音が漏れるようなシャカシャカ音が出るが、イヤホンのすぐそばにいなければ聞こえないレベルだった。3機種共、オープン型でこれだけ音漏れが少ないのは驚きである。装着感に関しては個人差があると思うが、耳の穴を塞がないのでカナル型のような閉塞感がなく、耳元に小さなスピーカーがあってBGMが流れているような開放感が味わえる。価格も考慮すればベストバイはJBLになるが、SBC/AACにしか対応していなのが惜しい。高音質コーデックの機器で使うならClearかnwmを選んだほうがいい。ドライバーが骨伝導からダイナミック型になり、ながら聴きイヤホンはステップアップした高音質を手に入れたことは間違いない。
主に音質重視で作った100点満点の採点表、試聴結果は予想外の僅差だった
写真・文/ゴン川野