AIは〝何に使うか〟が大切
法林氏:クアルコムが、AIに注力するのはいいけれど、最終的に何に活かすのかが、まだ見えていない。というか、見せることができていない。Googleは2年前のPixel 6シリーズに搭載した「消しゴムマジック」の技術で、AIでいろいろと面白いことができるのを見せているけど、それ以上の用途が見えていない。音声に関してはある程度期待できるけれど、スマートフォンに適しているものがあるかというと、翻訳と文字起こし以外に出てきていない。
Snapdragonがやろうとしていることは、すでにグーグルのTensorがやっている。クアルコムの見せ方とか提案の仕方、メーカーとの組み方に関して、若干の行き詰まり感がある気がする。AIをやるのはいいけれど、クアルコムが何を体験させたいのか、未来像が描けていないかな。
石川氏:クアルコムが言うには、オンデバイスのAIで処理すると、極力データをネットに上げなくて済み、セキュリティ性が高まると。あと、ユーザーに合わせて進化する。例えば、今までクラウドに問い合わせると、全部同じ回答が返ってきたものが、子供がした質問と、大人がした質問で、回答の仕方が変わるといったように、パーソナライズ化されます。
これをベースに各スマートフォンメーカーがどう味付けをするかが注目です。メーカーの腕の見せ所ですね。例えば、シャープのエモパーをどう進化させるのか、などです。
石野氏:ただし、エモパーがもっとしゃべるようになったら、それはそれで、ちょっとうるさいかも(笑)
石川氏:あと、個人的に期待しているのは、スマートフォン内のAIが、受信したメールを解析してメールの返事を書いてくれたり、スケジュールの調整をしてくれたらいいなと。
石野氏:まあ、勝手にメールを返信しちゃうと困るので、書いた文章を、送る前に確認させてくれるといいですね。
石川氏:うん。それならAIのよさが実感できる。
石野氏:できた文章を見て、「もう少しポエム調に」とか指示できてもいいかも(笑)
法林氏:AIを身近に体験できるという意味では、Windows 11の最新版で「Copilot」というAIアシスタントが利用できる。実は、Windows 11だけでなく、一部のWindows 10などでも利用できるんだけど、画像や文章の生成もできる。ChatGPTをベースにしたものだけれど、デスクトップ画面から簡単に呼び出せるのは、優れたポイント。こうやってAIを実体験していけば、ユーザーもAIで何ができるかが理解できるはず。
石野氏:その点、Officeソフトを持っているマイクロソフトは強いし、グーグルもドキュメントがある。クアルコムがいくら頑張っても、AIを作っているわけではないのが難しい。
法林氏:あくまで、AIを使うための箱を作っているだけだからね。
石野氏:そうですね。処理能力を持たせたので、あとはスマートフォンメーカーさんが頑張ってください……という形だけれど、全てのメーカーもOfficeソフトやクラウドサービスを持っているわけではないので、ちゃんとかみ合うのかは心配です。
法林氏:スマートフォンのAI活用では、画像処理が目立ったけれど、ユーザーの眼に見えるメリットばかりじゃなくてもよくて、省電力とか、電波のつかみ方といった裏方でも役に立つ。
石野氏:あとはオートフォーカスとかですね。
法林氏:そうそう。
石野氏:グーグルの文字起こしレコーダーに似たレベルの機能であれば、Snapdragon 8 Gen 3の処理性能があれば、比較的容易に処理できる。OpenAIの音声認識エンジン「Wisper」にも対応しているので、音声認識やその文字化のようなことはやりやすくなるはず。これからはグーグルに頼らないアプリも、各アプリベンダーに作ってほしいですね。
石川氏:あと、クアルコムに話を聞いて面白かったのが、AIの処理性能によって、端末のラインアップが変わっていくかもしれないというもの。スマートフォンのカメラ性能が、価格によって変わるように、AIの処理能力の差で価格に違いが出てくるかもしれないとのことです。それはそれで面白いなと思いました。
石野氏:まさにGoogle Pixelがそうですよね。Pixelの場合は、年度別に分かれている感じで、2023年のモデルは編集マジックが使えるけれど、2022年のだと消しゴムマジックしか使えないといった差別化が見られます。
法林氏:ただし、考えないといけないこともある。グーグルを見ていると、「Pixel 6」で消しゴムマジックが登場したけれど、今や消しゴムマジックは、Google Oneに加入していれば、AQUOS senseでも使える。今後、どういう風にラインアップを広げていくか、という課題はあります。
石野氏:グーグルの場合、ややこしいのは、Tensorの力と言い切っているわりには、意外とクラウド上で処理をしているところ。
法林氏:今回の音声消しゴムも、いったんクラウドに保存しないと処理できないからね。そう考えると、クアルコムはローカルでAIを使って処理するメリットを強調していたけれど、写真を撮った後、別の場所へ移動している間に、クラウド上で処理できている、そんな流れでも、別に問題はない。
石野氏:編集マジックも、Tensorで処理しているのは、人物などの被写体を特定するところで、消して書いてといった主要な処理は、クラウド上でやっているはずです。グーグルのマーケティングは、ちょっとやりすぎている感じもします。
法林氏:グーグルとしては、消しゴムマジックがうまくいったから、その成功体験を踏襲したいんだろうね。
石野氏:ちょっと味をしめている感じもありますよね。見せ方はうまいと思いますが、Tensor自体は、Snapdragonに比べて、処理性能が特に優れているわけじゃないですから。
法林氏:コンピューティングの在り方として、どこまでローカルでやるのか、何をクラウドに上げるのか、どこの国、地域のクラウドに上げるのかといった課題が必ず出てきます。クアルコムが言っている、端末上で処理ができる、Snapdragonの性能によって価格が変わってくるという考え方が、果たして正しいのか……微妙なところです。
房野氏:クアルコムは、独自のクラウドを持っていないですよね。
法林氏:そうですね。あくまで、チップライセンスが主力の企業です。
石川氏:クアルコムのチップをベースに、ソニーやシャープがどうチューニングするかという話です。可能性を提供している感じです。
法林氏:PCの性能でいえば、CPUに対するGPUみたいなもの。NPUの計算能力が高いか低いかが、チップによって変わります。
房野氏:NPUの能力差は、どうやって判断するのでしょうか。
石野氏:それが少し難しいんですよ。パラメーター数をどれだけ処理できるかなど、基準はいくつかあるけれど、動かすモデルによって、処理能力を一列で比べられないんですよね。世の中的にも、何をベンチマークにするかは議論となっています。
まあ、クアルコムはSnapdragonの発表時に、いろいろな指標を出しますが、どの指標で見ても突出して高性能になっています。
法林氏:最終的には、AIで何をお客さんに提供できるかが大事かな。直近で言うなら、やっぱり消しゴムマジックが1番の傑作だし、Google翻訳で、カメラをかざしたらリアルタイムで翻訳できる機能も優れている。
石野氏:グーグルのうまいところは、AIを使ったサービスをどんどん作っていて、それを動かせるだけの性能のチップを作ればいいという考えがあるところ。そうすれば、クアルコムに余計なお金を払わなくていいというのが、グーグルの戦略とも言えます。
法林氏:例えば、写真の背景に邪魔なものがあったとして、Tensorを搭載したPixelだと1秒で消せるけれど、Snapdragon 8シリーズを搭載したスマートフォンだと、2秒かかるとしても、それ自体は大した差ではない。
石野氏:それくらいの差でしかないなら、結果的に消えていれば、いいわけですからね。
法林氏:そう。それよりも、スマートフォンAだとこれができるけれど、Bだとできないといった、サービスの違いが端末に出てくるほうが大切。AIが世の中に広まっていくことを考えると、最終的に「何ができるのか」が重要。クアルコムが、メーカーを通じてこの提案をできているかというと、グーグルのほうがよっぽどできていると思います。
石野氏:そうなると、グーグルの影響力が、強くなりすぎてしまうかなという懸念もあります。
石川氏:結局、サービス、OS、チップを牛耳ったら強くなるよね。総務省が中古端末の流通を促進しようとしているけれど、中古端末こそ、iPhoneとPixelだけでいいよね……という話になっていきます。AI戦争を突き詰めていくと、生き残るのはPixelで、iPhoneがどう対抗するかという世界になりそう。
石野氏:サムスンもAIの開発は頑張っていて、論文数などは世界トップレベルですね。
石川氏:ただし、サービスは微妙じゃない?
石野氏:ウワサではGalaxyで、電話をそのまま音声で翻訳する機能なども準備しているらしくて、結構面白いですよ。
房野氏:ちなみに、OSをこれから開発しようというメーカーは出てこないですか?
法林氏:ほぼないでしょうね。Androidでいうと、チップのアーキテクチャが、ARMから変わるという話はあるけれど、これはわからない。プラットフォームを丸ごと変えようという話はないかな。ファーウェイはHarmony OSをやっているけれど、日本に持ってきてもアプリが限られているので、展開できるかどうかが微妙です。
石野氏:なんなら、ファーウェイもAndroidが使えるなら、すぐにHarmony OSをやめるくらいのスタンスですよね。
法林氏:結局、Harmony OSもベースはLinuxで同じだしね。商売のためとか、アプリのプラットフォームのことを考えると、AndroidとiOSが強い。