持続可能な社会の実現に向けて、自動車産業の分野でも積極的な取り組みが続いている。その代表格が電動モビリティの推進。既存の内燃機関(ガソリンエンジンなど)搭載車においても環境性能は飛躍的に向上しているが、現時点での理想形のひとつが二酸化炭素や有害物質を含む排気ガスを出さないEV(電気自動車)であることは、クルマに関心のある方ならご存じのはず。興味深いのは、モータースポーツの世界でもEVが勢力を増しつつあることだ。それも、スピード至上主義のカーレースで!
この画期的なレース、その名も「フォーミュラE」(電気自動車世界選手権)といい、2024年3月には「東京E-Prix」(トウキョウ イープリ)として初の日本開催が決定。東京・臨海副都心エリアの東京ビッグサイト周辺を舞台に繰り広げられる。
EVによるレースとはいったいどういうものなのか? 音はするのか? 疑問は尽きない。そこで、フォーミュラEの概要とその魅力について紹介しよう。
速く走るためだけに作られたフォーミュラカー
世界最高峰のレースとして高い人気を誇るF1。タイヤとコクピットがむき出しのオープンホイールカーを使い、300km/hを超えるスピードで競う。写真は1967年のオランダ・グランプリの様子。(C)本田技研
現在、4輪車の分野ではさまざまな種類のレースが行われている。わかりやすい違いは使用される車両で、市販車を基本に改造した車両で行われるツーリングカーレース(例:スーパーGTなど)、公道走行に必要なヘッドライトやウィンカーなど最低限の装備と形態を有するレース専用の車両で行われるスポーツカーレース(例:ル・マン24時間レースなど)、そしてレース専用のフォーミュラカー(「フォーミュラ」とは規格の意)で行われるフォーミュラカーレース(例:F1など)に分けられる。
このうち最高峰に当たるのがフォーミュラカーレースで、FIA(国際自動車連盟)が管轄するレースのなかでも、1950年から始まったF1は名実ともにトップの座にある。
当初は欧州の自動車メーカーやレーシングコンストラクター(レース参戦を主業とする会社あるいは集団)が中心となり、地元である欧州を主戦場として開催された。
日本の自動車メーカーで初めてF1に参戦したのはホンダ(第1期1964~1968年)。1967年には世界チャンピオン経験者のジョン・サーティース(写真で先頭を走るマシン)が乗車し、優勝1回。年間チームランキングで4位を獲得。ホンダの果敢な挑戦は、その後の同社の発展だけでなく、日本のモータースポーツ人気の盛り上がりにも大きな影響を与えた。
チームとして参戦したり、パワーユニットを供給したりする自動車メーカーにとって、フォーミュラレースへの参戦は技術革新と宣伝の両面で大きな意味をもつのだ。
最新のF1マシン。空力性能の強化や安全性への配慮、そして年々強化される規定をクリアしながら進化を続けている。
現代のF1のフォーミュラカーは、内燃機関(排気量1.6リッターのV型6気筒ターボエンジン)とERSと呼ばれるエネルギー回生システムを組み合わせたパワーユニットを搭載している。ERSは走行中の減速時に捨てている運動エネルギーの一部を電気として回収(発電)し、蓄える。
最高出力の上限は120kWで、ダッシュ力が欲しいコーナリング後の立ち上がりでは、エンジンが発生する出力にMGU‐K(モーター兼発電機)からの出力が上乗せされ、パフォーマンスが向上する。これは私たちが普段運転するハイブリッドカーと同じ原理だ。
F1にERSが導入されたのは2009年で(当初は「KERS」)、原油価格の高騰や地球温暖化問題を鑑み、大量の化石燃料を消費するモータースポーツとして新たな姿勢を示すことが導入の大きな理由とされている。
フォーミュラEで使われるのは専用設計の電気自動車
フォーミュラEには日本の日産自動車が2018‐2019シーズンから参戦中。日本開催でもその雄姿が見られる!(C)日産自動車
F1が時代に即したレースへ少しずつ変貌していく一方で、新たな動きがあった。それが2014年から始まったフォーミュラEだ。都市部の大気汚染対策となるEVの普及促進のため、レースは大都市や人気リゾートの市街地コースを使って行われる。
2020年からはFIA主催の世界選手権に格上げされ、F1やWRC(世界ラリー選手権)、WEC(ル・マン24時間レースを含む世界耐久選手権)、World RX(ラリーとサーキットレースが合体したレース)と同等のカテゴリーとなった。
フォーミュラEのマシンには、F1同様コクピットに頭部を保護するデバイス「Halo」(ヘイロー)が装着される(写真はテスト中のもの)。LEDが装着され、視覚的なポイントにもなっている。(C)日産自動車
フォーミュラEで使われるマシンの形状はF1のフォーミュラカーと似ているが、むきだしのタイヤ同士の接触で宙を舞うなどの危険な事態を防ぐため、外装パーツでタイヤのトレッド(路面と接触する部分)を覆うデザインになっている(規定変更により現在の第3世代「GEN3カー」では前輪の前に大きなフロントウイングが付く)。
また、F1では大きな個性となっている水平のリアウイングと違い、後輪左右の上方からそびえる翼端板(ウィングレット)が付くなど、よく見ると差異は大きい。全体の印象は空気抵抗の少なさを感じさせる、モダンな戦闘機のようなスタイリングだ。
東京ビッグサイト周辺の公道で2024年3月30日に初開催!
フォーミュラEは年をまたいでシリーズ開催される。2023‐24シーズンの第7戦が東京開催のレースとなる。(C)Formula E Operations
フォーミュラEは電気自動車のレースなので、マシンのパワーユニットは当然ながらモーターのみで、車体前後にふたつ搭載する(フロントモーターは回生のみ)。F1マシンは会話が厳しくなるほどの迫力あるエンジン音を聞かせるが、フォーミュラEのマシンからは電気パワーユニットが発する「キュイーン」という高音が放たれ、近未来的な雰囲気を漂わせる。なによりも停止状態から発進するだけで最大限の力を発揮するモーター駆動の鋭い加速は、市街地コースでスリリングな光景として映るだろう。
そのパワーユニット、レース中の充電はできず、出力は350kW、最高速度は322km/h(理論値)で、レース中に使用されるエネルギーの40%を回生ブレーキでまかなう。また、車体を構成するパーツにリサイクル素材を多用し、カーボンファイバーを使ったパーツのうち、レースで破損したものはすべてリサイクルに回される。
環境に配慮しながら自動車の根源的な魅力であるスピードを競い、楽しむ。それがフォーミュラEなのだ。
「Tokyo E-Prix」のコース図。全長2.582kmで、18のコーナーがある。現在、オフィシャルサイトで最新情報を公開中。チケットの販売も同サイトで行われる。(C) Formula E Operations
さて、注目の東京開催のレース「Tokyo E-Prix」は2024年3月30日(土)に、東京ビッグサイト(東京国際展示場)を囲む公道を使った特設コースで行われる。スピードが伸びる直線は3か所あるほか、タイトなコーナーもあり、電動モビリティの可能性を垣間見ることができる、貴重な機会となるだろう。さらに、早くも2025年5月17日の東京開催が計画されているという。期待は増すばかりだ。
文/櫻井香
出版社で男性誌の編集を務めたのち独立。自動車、ファッション、男性美容などライフスタイル全般からサブカルチャーまで幅広く企画・編集・執筆。