無理はしないけれど美しくありたい感覚
2014年当時、すでにシンプルやラフといった、自然で無理のないファッション・ムーブメントは存在していた。環境保護の概念からも、自然回帰的なファッションは定着していたのである。そうしたベースの上で、ニューヨークでは、ノームコア(究極の定番ファッション)が大ブームとなっていく。
この流れに乗ったのがユニクロだった。シンプルで定番だけれど質が良い服は、人々の心を捉えた。さらに定番だったコンバースのALL STARが注目され、人気カラーが欠品となって高値で取引されるようになり、話題にもなった。
ノームコアが短期間で盛り上がった後、静かに鎮火していく中、エフォートレスは着実に浸透し、定着しつつある。無理(エフォート)はない(レス)けれど、その人らしさがあり、美しくシックでありたいという欲望を満たした点が、多くの女性たちに共感され、生き方にまで影響されるようになってきた。
モードは他人、エフォートレスは自分軸
もうひとつ、エフォートレスが受け入れられるようになった理由として、受け止める人それぞれの感覚を重視するという、「自分が主体となる考え方」にある。我慢の感覚はひとそれぞれで、ある人には我慢と思えても、別の人にとっては我慢と感じない。自分軸で我慢と判断して取捨選択するのは、全く新しい感覚だった。
ファッションのモードは「流行」と訳されるとおり、誰かがそれを作って、世の中に広め、その考えを自分に取り入れるやり方が主流だった。しかし、エフォートレスは自分の感覚を大事にし、自分自身がエフォートレスであるかどうかが、もっとも重視される。誰にも強制されず、何よりも自分を大切にするやり方は、コロナ後の新時代にふさわしく、新しく、新鮮に受け止められた。エフォートレスな生き方に賛同する人は、世界中で増えている。
ビジネスシーンにも登場しつつあるエフォートレス
CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)は、その商品やサービスを体験した人がどれだけ満足感を得られるかという指針になるもので、マーケティングや経営戦略のコンセプトのひとつ。このCXに少しずつエフォートレスの概念が浸透してきている。
どの商品も機能や価格といった点では同じレベルで、他社との競争力をつけにくい。新しい価値をつけて、商品の満足度を上げなければならない時、我慢せず、自然な形で受け入れられるサービスや商品であること、すなわちエフォートレスかどうかが、重要な選択肢の一つとなってくる。
並ばずレジを通過できたり、望んだ商品やサービスが必ず手に入ることは、顧客にとって満足度は高い。その上、店の雰囲気やBGMが良かったり、店員の対応に満足できればCXが高まる。エフォートレスにするためには、さらにその上の価値を付加することである。
具体的には環境保護に配慮した素材を使ったり、捨てやすさに配慮したデザインの採用や、ライフスタイルやインテリアにマッチする形や色などである。エフォートレスにするためには、より消費者のわがままに、細かく対応していかなければならない。
特にコロナ禍で無理を体験した多くの人にとって、自然で無理のないエフォートレスは受け入れられやすい環境が整った。あらゆる場面で重要な概念になりつつあるエフォートレス。これからの社会や働き方、生き方の指針となりそう。
文/柿川鮎子