■連載/阿部純子のトレンド探検隊
大手から地域密着まで全国の旅行業者から選ばれたサステナブルな旅行商品
日本における持続可能な観光を浸透させることを目的として創設された、観光庁主催の「サステナブルな旅AWARD」の表彰式が開催された。
コロナ禍以降、旅行者の意識にも大きな変化が見られ、持続可能な観光に対する意識が高まっている。海外からの旅行者や旅行業者が、旅行先や取引業者を選定する基準として持続可能な観光の取り組みを要件として選ぶことが増えており、今後の観光を考える上で、サステナビリティへの取り組み対応が必要不可欠となりつつある。
今年3月に閣議決定された観光立国推進基本計画の戦略のひとつに持続可能な観光地域づくりを掲げており、観光庁においても、持続可能な日本版観光ガイドラインへの対応、観光利用と地域資源の保全を両立する体験コンテンツの造成、受け入れ環境の整備といった取り組みを行っている。
「旅行業者の持続可能な観光に対する意識や重要性の理解は進みつつあるものの、具体的な取り組みの関しては苦慮している事業者が多く、有用な旅行商品を展開することで、旅行業界における持続可能な観光への取り組みを促進するべく、本アワードを創設いたしました。
本アワードを契機として、旅行業者と地域の多様な関係者との連携を強化し、日本の自然文化などその土地ならではの魅力を生かした旅行商品の造成、販売を促進することで、旅行業者が観光地の持続可能性を支えるための取り組みを牽引していくことを期待しています」(観光庁 審議官 石塚智之氏)
〇【大賞】「三方良し」の循環モデルの創出
「特別な許可を得て草原体験!噴煙を上げる阿蘇中岳火口と『千年の草原』E-MTB ライド」/阿蘇温泉観光旅館協同組合
農業により守り受け継いできた「千年の草原」を、観光でもサステナブルに活用することで、次の千年に守り伝えていくために作られたツアー。一定の研修を受けた「牧野ガイド」が同行し、普段は立ち入ることができない草原を、安全・安心に保全し活用していくためのガイドラインを遵守しながら案内する。ツアー参加代金の一部は草原の保全料として、野焼き等の草原の保全活動に還元する。
「私たちが宿を営む阿蘇は、広いカルデラの中に存在しその中に草原があります。しかし、農業の担い手の不足などで年々その草原が縮小されつつあります。私たちは農業だけではなく、観光をフックに草原の再生に寄与できないかと考えて、今回のツアーを作りました。
このツアーは、普段は絶対入ることができない特別な場所にガイド付きのツアーでご案内し、そこで得た収益を草原の保全に当てていくという新しい取り組みです」(阿蘇温泉観光旅館協同組合 副理事長 永田祐介氏)
審査委員長の北海道大学 観光学高等研究センター 客員教授 小林秀俊氏は選考ポイントについてこう話す。
「本アワードの特色は、大手だけでなく地域密着型の旅行業も応募できること。地域密着型の応募作品がたくさん集まりました。
全体を通じて、住民、地域コミュニティすべてが同等の利害関係者であり、旅行によって利益やマイナス面も引き受ける立場にあると意識して、ステークホルダーがどうしたらメリットを受けられるか客観的に考えて旅行を組み立てているという印象を強く受けました。
牧野(草原)は阿蘇の大きな魅力ですが一般人の立入は禁止です。人口減や産業構造の変化等から牧野は減少を続けていることから、牧野を観光的に活用することで社会課題を解決しようというのがこの企画です。
特別に立ち入りが許される牧野ガイド認定の仕組み、活動ガイドラインの策定、牧野保全料をツアー価格に組み込むことで、安定した資金還流の仕組みが次々と実現しています。旅行者は人数制限された牧野をゆっくりと楽しみ、地元は新しい収入源の確保につながり、牧野の環境も保全される『三方良し』の循環モデルの創出です」
〇【準大賞】 旅行者と地域をつなぐサステナブルな意識
「Connecting to Yatsugatake」/Tricolage
「せわしない都会から少し離れて大地の恵みをゆっくり感じたい」「サステナブルに旅行がしたい」と感じている旅行者に向けた、旅全体を通して持続可能な土地“Yatsugatake”を体験し、自ら責任ある旅行者として地域に寄与できる旅を提供。
パーマカルチャー農業体験、ナチュールワイナリー見学、ヨガランチ、文化乗馬体験などのアクティビティーにより、八ヶ岳の生活に触れることができる。
「Tricolageは日本で初めて旅行会社として国際認証を取っており、これからの旅行会社の在り方を考える先進的な取り組みをしている会社です。
旅行スタート時に、旅行者には『責任ある旅行者ガイドライン』誓約書へのサインを任意でお願いし、終了時に宿泊費の一部を3つの寄付先候補から選んでもらいます。宿泊も国際認証を受けた宿泊施設で、趣旨に賛同する地域住民が体験プログラムに参画しています。
旅行者と地域を結びつけ、考え方に共感する人たちが一緒に組んでやってみようという面白い仕掛けをしています」(小林氏)
〇【準大賞】サステナビリティをテーマに漁村の震災復興
「漁村集落の小さなお宿交流と漁民が守りつなぐ海山体験」/かまいしDMC
廃園した元保育所の園舎をリノベーションし、地域みんなで見守る地域型民泊としてスタートした「御箱崎の宿」。津波で民宿を流された女将を中心に、町内住民が協力して収穫する新鮮な海の幸と地元の郷土料理で地産地消を叶え、サステナブルかつ高質なおもてなしとあたたかな交流を実現している。
本ツアーで楽しめる、陸域の「千畳敷トレッキング」、海域の「漁業見学体験」は、いずれも三陸復興国立公園内で体験でき、守るべき希少な環境資源であるとともに、漁民自身が大切に守り続けている文化そのものであり、観光を通じて地域へ貢献している。
「かまいしDMCは釜石市各地で様々な取り組みを行っており、本ツアーは津波で流されてしまった集落に元々あった保育所をリノベーションして宿泊施設にし、地域のみなさんで旅行者を受け入れる新しい試みです。国の主導ではなく、地域の漁業や林業に携わる方々がゲストを迎え入れる、新しい地域全体としての取り組みを評価しました」(小林氏)
〇【特別賞】旅行業者のノウハウが生む匠の新たな輝き
「台東区の歴史・文化・魅力を再発見!“江戸の匠・職人”を撮る~第 3 弾~」/クラブツーリズム
2021年よりスタートしたシリーズ企画で今年度で第3弾となる本ツアーは、神輿や太鼓といった祭礼具の老舗や、東京都の伝統工芸品である江戸すだれの工房などを訪れる。
普段はできない職人の姿を撮影する機会を提供する高付加価値型の企画で、撮影機会の提供だけでなく、仕事へのこだわりや店の歴史など、職人の生の声を聴く場面を設け、伝統文化や技術の継承への理解を深める。
ツアーには浅草寺周辺や上野公園周辺といった有名観光地以外の場所にある工房を行程内に組み込んでおり、台東区の課題であるオーバーツーリズムの問題にも配慮している。
「この企画の面白い点は、旅行会社が持っているネットワークやお客様のノウハウを活かしているところ。撮影にフォーカスすることで、地域の職人・匠が多くの旅行者から注目され自信や誇りが生まれ、後継者探しにもつながると期待されています。旅行会社の新しい役割を考える好事例でしょう」(小林氏)
〇【特別賞】地元民の語りが深める箱根の歴史と文化
箱根八里の歴史を紐解きながら、かつて幕府のあった江戸へと向かう途中、大名をはじめ多くの旅人たちが旅の疲れを癒したこの地の魅力を再発見できる旅。単なる歴史探訪ツアーではなく、深い知識とネットワークを持つ地元ガイドの案内で、400年以上続く老舗茶屋の当主など、箱根のキーパーソンを訪ねながら、伝統工芸品に触れる体験をするほか、宿場町である箱根が長い年月にわたり大切に培ってきた地域の歴史、文化、自然を通じて箱根の原点を感じることができる。
「地元の人との交流を通じて箱根の文化や歴史を知ってもらうツアー。海外の旅行者は地元の人との交流をとても喜びます。自社の人的ネットワークを活用して現地の人との交流を図り、サステナビリティの観点から箱根の歴史や文化を深く理解する企画です。同社はガイド研修を手伝うなど、箱根観光全体のサステナビリティレベルを上げるためにも貢献している会社です」(小林氏)
〇【特別賞】棚田がつなぐ雪国里山の暮らし
「2泊3日十日町棚田トレッキング」/HOME HOME NIIGATA
新潟県十日町は、代々受け継がれてきた美しい棚田を中心とした里山の暮らしが今も根付いている。本ツアーでは、日本で最も有名な星峠の棚田の眺望を独占できるブナ林トレッキングや、古民家への宿泊、伝統料理作りなどを体験できる。
ツアー開催を通して、棚田の耕作者の収入増加、地域内の雇用創出、里山の環境保全、地域コミュニティの維持と、持続可能な観光の実現を目指しており、ツアー収益の一部は地域の棚田基金や集落へ寄付する。
「棚田をただ見に行くだけではなく、棚田の文化的背景を丁寧に伝えることでインバウンド客にもその価値への理解を促しています。アクセス的には不便な場所にも拘らず、参加者の20%はインバウンド客でヨーロッパからの旅行者が多く、2泊3日で30kmも棚田を歩く。
棚田をアイコンに雪国の里山の暮しを歩いて理解してもらうことで、地域コミュニティの維持と持続可能な観光の実現を目指している点を評価しました」(小林氏)
〇【特別賞】地域の足を守る新たな需要発掘
「気ままなバス旅『レールマウンテンバイクGattan Go!!』プラン」/濃飛乗合自動車
岐阜県飛騨市神岡町で提供されているレールマウンテンバイク「Gattan GO!!」は、自転車と廃線の鉄路を組み合わせた新感覚のアクティビティー。“渓谷コース”と“まちなかコース”があり旅行者の希望に合わせてコースや時間を選べる。
神岡町はJR高山駅から30kmほど離れており、自家用車がないと行きにくい場所であることから、高山駅の高山バスセンターから神岡町の最寄りバス停間の路線バスと、バス停からレールマウンテンバイク乗り場間のタクシー、レールマウンテンバイクGattan Go!!の利用券をセットした着地型旅行プランとなっている。
「廃線を利用したレールマウンテンバイクは景色の良い山間部を楽しめると人気ですが、自家用車利用以外には足の便が無い場所であることから、路線バスと乗合タクシーを組合せた個人向け商品が新たな需要を掘り起こし、バス路線の維持や宿泊客増にも貢献しています。
サステナブルツーリズムを使い地方の路線バスを守ろうという試みも面白く、飛騨高山に来るインバウンド客の興味も惹いているようで、インバウンドは20%ほどいるとのこと。高山の宿泊が増えるという効果も出ています」(小林氏)
【AJの読み】サステナブルツーリズムで地域活性化やオーバーツーリズムを抑制する効果も
審査員長の小林氏は、今回の受賞商品には2つの特徴が見られたと話す。ひとつは、旅行者・旅行業者ではなく地域の人々もステークホルダーとなり、旅行者、旅行会社、地域コミュニティ、さらに自然環境とすべてにメリットが得られるように取り組んでいるということ。
もうひとつがインバウンド対策に有効であるということ。飛騨市のレールマウンテンバイクでは、日本人が行くにも大変な山奥の地に外国人観光客が急増、阿蘇でも欧米を中心にインバウンド客が日本人観光客の数を上回る現象が起こっている。
「オーバーツーリズムへの懸念から、観光庁ではインバウンド客を地方に分散させたいと考えていますが、地域の頑張りでゴールデンルート以外のサステナブルツーリズムを作ることによって、自然と分散していくと思っています。
今回の受賞商品は規模的には小さいかもしれませんが、小さな力が集まりアピールしていくことで、日本の観光が変わっていく大きな力になっていくと思います」(小林氏)
文/阿部純子