フルマラソンのような長距離を暑いなかでぶっ続けで速く走れるのは、人間だけだと知っていますか? なぜなら、ヒト以外の動物は、体温調節ができないから。
運動生理学とは、運動中に体内で起こる化学反応、現象、影響、状態を追求する研究です。その観点を一般実用書として初めてマラソンに持ち込み、ランナーたちの弱点や能力向上のヒントを探った、意欲的なランニング強化本が「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」。走っている時にカラダのなかでなにが起こり、どう変化し、どう影響するのか? そして、それに対し、長距離を効率よく走りきるために、どのような対策をすべきなのか?
何度もマラソンを経験しているのになぜか記録が伸びない、ケガが絶えない、レース調整がうまくいかない、トレーニングメニューが自分に合っているのかわからない。そんな悩める市民ランナーの「もっと走りたい」情熱に寄り添える一冊です。
本記事では「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」の中から運動生理学の観点から長距離ランナーの能力を紐解いていています。。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
※本稿は、藤井直人/著「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」(小学館)の一部を再編集したものです
【基礎知識8】走ると汗をかくのはなぜ?体温調節のしくみ
■運動を続けるために体温を下げる!
人間は、運動をすると汗をかきます。多くの人は、当たり前すぎてあまり意識したことがないかもしれませんが、「発汗」には人間の正常な生命活動を営むうえで欠かすことができない「体温調節」の役割があります。
運動する(=骨格筋を動かす)ためのエネルギーは、くり返しになりますが、ATPを分解する「エネルギー代謝」によって生み出されます。
実は、このATP分解によって生じるエネルギー。約2割は筋収縮に使用されますが、残りの8割ほどは熱エネルギーになります。
つまり、走るためにATPを合成しながらエネルギーをガンガンに出しているときは、必然的に活動筋から大量の熱が発生しているのです。放っておけば、深部体温はどんどん上昇し、やがて限界に近づくとオーバーヒートのため運動が続けられなくなります。
これを避けるために働いているのが、「熱放散反応」です。運動によって「体温が上がった」という情報は、脳の視床下部視索前野の「体温調節中枢」に伝えられます。そこから交感神経を介して、「体温を下げろ」という指令が出されます。
その指令によって発汗が起こったり、皮膚表面の血管が拡張して血流が増えたりします。
皮膚血流量の増加でカラダの奥の温かい血液が体表面に送り出され、さらに吹き出た汗が蒸発することで熱が奪われる「気化熱」を利用しながら、汗と皮膚血流の連携で体温を下げていきます。
〈カラダのなか〉ATP分解で放出されるエネルギーの約80%は「熱」になる!
運動すると、なぜ体温が上がるのか? という疑問。実は運動に不可欠なエネルギー代謝が関係しています。骨格筋を動かすためのエネルギーは、ATP の分解により生み出されますが、そのエネルギーの約2割が筋活動(収縮)に使われます。残りの約8割は熱になり、体温が上がるのです。
■走ると活動筋から大量の熱が発生する
〈カラダのなか〉熱放散反応が起こり、汗と皮膚血流で熱を放散する
エネルギー代謝による「産熱」で体温が上昇すると、これを抑えるために「熱放散反応」が起こります。体温を下げる手段は、発汗と皮膚血流量増加の促進。体表面にカラダの奥の温かい血液を送り、汗が蒸発するときの気化熱で体温を奪っています。体内の熱を体外に放散することで、オーバーヒートせずに運動を続けることができます。
■脳から「体温を下げろ」の命令が下される
■暑熱下では発汗がメイン
放熱の手段は、発汗と皮膚血流量増加です。熱は高いほうから低いほうへ移動する特性があるため、温度差が大きいほど熱移動が大きくなります。そのため寒冷下では皮膚温に比べて環境温が圧倒的に低く、皮膚から環境への熱移動が起こりやすくなります。逆に暑熱下ではこの熱移動が小さくなります。しかし、気温が高くなると蒸発が促進されるため、汗による気化熱利用が多くなります。
Nielsen., Skand. Arch. Physiol, 1938
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運動生理学が初めて明かすランニングの正体はいかがでしたでしょうか?
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」を読むことでトレーニングの本質を再認識することができるはず、気になる方は読んでみてください。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
著者/藤井直人 FUJII NAOTO
筑波大学 体育系 助教。博士(学術)。専門分野は運動生理学。
1981年6月24日大阪府生まれ。筑波大学体育専門学群卒業。大学在学中は陸上競技部に所属。その経験を活かし、運動時の呼吸・循環・体温調節に関する運動生理学的研究を数多く行っている。さらに筑波大学体育系の特色を活かし、競技パフォーマンス向上のためのスポーツ科学研究も進めている。これまでの研究成果はThe Journal of Physiology やMedicine & Science in Sports & Exercise といった運動生理学・スポーツ科学分野の一流雑誌を含め、国際誌に170報以上掲載されている。アメリカとカナダでの海外留学の経験を活かし、複数の国の研究者と共同研究を精力的に進め、国際的な賞も複数受賞している。