フルマラソンのような長距離を暑いなかでぶっ続けで速く走れるのは、人間だけだと知っていますか? なぜなら、ヒト以外の動物は、体温調節ができないから。
運動生理学とは、運動中に体内で起こる化学反応、現象、影響、状態を追求する研究です。その観点を一般実用書として初めてマラソンに持ち込み、ランナーたちの弱点や能力向上のヒントを探った、意欲的なランニング強化本が「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」。走っている時にカラダのなかでなにが起こり、どう変化し、どう影響するのか? そして、それに対し、長距離を効率よく走りきるために、どのような対策をすべきなのか?
何度もマラソンを経験しているのになぜか記録が伸びない、ケガが絶えない、レース調整がうまくいかない、トレーニングメニューが自分に合っているのかわからない。そんな悩める市民ランナーの「もっと走りたい」情熱に寄り添える一冊です。
本記事では「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」の中から運動生理学の観点から長距離ランナーの能力を紐解いていています。。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
※本稿は、藤井直人/著「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」(小学館)の一部を再編集したものです
【基礎知識6】走ると心拍数が上がるのはなぜ?心肺機能の本当のところ
■血液をどれだけ送ることができるか?
走るスピードを上げていくごとに、心臓の拍動は速くなっていきます。1分間に心臓が拍動する回数を「心拍数」といいますが、運動すれば心拍数が上がるのは当然すぎて、あまり深く考えることがなかった人もいるかもしれません。
なぜ走ると、心拍数は上がるのでしょうか? これも酸素摂取量を示すフィックの式で考えてみましょう。
酸素摂取量は、運動強度に比例して上昇していくので、強度を上げて走れば酸素摂取量も上げていかなければいけません。フィックの式で心拍数が関係するのは、式の左側「心拍出量」です。心拍出量とは、「1分間にどれだけの血液を送れるか」を示しています。そして、心拍出量は1分間に拍動する回数(心拍数)と、一回に心臓(左心室)から出てくる血液の量(一回拍出量)の掛け算で決まります。そのため、心拍出量を増やして酸素摂取量を上げるためには、単純に心拍数を増やせば達成されるので、走ると自然に心拍数が上がるわけです。
また、心臓の拍動は自律神経に調節されています。運動時の100拍程度までの心拍数の上昇は主に副交感神経活動の低下により、それ以上の心拍数の上昇は主に交感神経活動の増強によります。
トレーニングで有酸素能力を向上させる場合、心拍出量を増やすことが有効ですが、残念ながら、トレーニングを実施しても最大心拍数は大きく上昇しません。トレーニングの効果が出るのは、一回拍出量です。トレーニングで一回拍出量が増加すると、心拍数を下げても、同じ心拍出量を維持することが可能になり、安静時心拍数も徐々に低くなります。
〈カラダのなか〉酸素摂取量を増加させる手段のひとつ「心拍出量」を増やす
酸素摂取量を増加させるための手段のひとつが「心拍出量」を増やすこと。1分間に心臓が拍動する回数(心拍数)と、一回の拍動で心臓(左心室)から出る血液量(一回拍出量)のいずれかを増やせば、心拍出量は増加します。拍出する血液量が増えれば、それだけ活動筋へ供給する酸素の量が増えるため、持久運動パフォーマンスが向上します。
■「心拍出量」=1分間に心臓からどれくらい血液を出せるか?
心拍出量は、心臓が1分間に拍出する血液の量、つまり拍動回数(心拍数)と、一回の拍動で左心室から出る血液量(一回拍出量)の掛け算で求められます。
■心拍数は強度が高くなるほど増加
上の図は、運動強度と心拍数の関係を示し、心拍数は運動強度の上昇に伴い、ほぼ直線的に増加していきます。したがって、心拍数による強度管理なども一般的です。
〈カラダのなか〉限界ありの「心拍数」と、伸びしろありの「一回拍出量」
トレーニングで心臓から押し出す血液の総量( 心拍出量)を強化したいと考えた場合、心拍数と一回拍出量を増やしていきたいわけですが、心拍数は加齢による影響(衰え)があり、最大心拍数の低下には抗い切れない側面があります。一方、一回拍出量はトレーニングを行うと、明確に向上します。伸びしろは一回拍出量にあり、です。
■自律神経による運動時の心拍調節
心拍数は自律神経を介して調節され、交感神経と副交感神経が綱引きのようにバランスをとりながら心拍数を調節しています。運動時には心拍数が上昇しますが、100拍/分程度までの上昇は、主に副交感神経の活動低下により、それ以上の心拍数の上昇は、主に交感神経活動の亢進によるとされています。
■「最大心拍数」は加齢で落ちる運命
最大心拍数は「220-年齢」という式で求められ、年齢の影響が大きいといえます。年をとればとるほど、運動時に心拍数を上げづらくなるため、心拍出量も低下し、最大酸素摂取量も低下します。しかし、一回拍出量などのほかの要因を鍛えることで、有酸素能力を高めることは可能です。より正確な最大心拍数の推定式としては、テキサス大学の田中弘文教授が考案した、田中の式が有名です(208‐0.7×年齢)。しかしそれでも誤差があるので、一番よいのは、きついトレーニング時や試合時に心拍を測定して、実測の最大心拍数を得ることです。
■持久トレーニングによって一回拍出量が増える!
上の図は、縦軸が一回拍出量、横軸が運動強度(トレッドミル速度)を表しています。トレーニング後に一回拍出量が大きく増えていることがわかります。加齢による最大心拍数の低下には抗えないものの、一回拍出量はトレーニングで大幅に向上します。
■心拍数は運動強度や体調管理の目安に!
心拍数は運動強度とリンクしているため、強度管理に利用しているランナーが多いと思います。一般的に知られているのは、上記のカルボーネン法という計算式。心拍計を活用することで、適切な運動強度を推定できる可能性があります。しかし最近では、心拍数や最大酸素摂取量をもとに設定した強度よりも、クリティカルスピードを基準にした強度設定がより適切である可能性が指摘されています。
Wilmore and Costill., Physiology of Sport and Exercise, 2004
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運動生理学が初めて明かすランニングの正体はいかがでしたでしょうか?
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」を読むことでトレーニングの本質を再認識することができるはず、気になる方は読んでみてください。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
著者/藤井直人 FUJII NAOTO
筑波大学 体育系 助教。博士(学術)。専門分野は運動生理学。
1981年6月24日大阪府生まれ。筑波大学体育専門学群卒業。大学在学中は陸上競技部に所属。その経験を活かし、運動時の呼吸・循環・体温調節に関する運動生理学的研究を数多く行っている。さらに筑波大学体育系の特色を活かし、競技パフォーマンス向上のためのスポーツ科学研究も進めている。これまでの研究成果はThe Journal of Physiology やMedicine & Science in Sports & Exercise といった運動生理学・スポーツ科学分野の一流雑誌を含め、国際誌に170報以上掲載されている。アメリカとカナダでの海外留学の経験を活かし、複数の国の研究者と共同研究を精力的に進め、国際的な賞も複数受賞している。