フルマラソンのような長距離を暑いなかでぶっ続けで速く走れるのは、人間だけだと知っていますか? なぜなら、ヒト以外の動物は、体温調節ができないから。
運動生理学とは、運動中に体内で起こる化学反応、現象、影響、状態を追求する研究です。その観点を一般実用書として初めてマラソンに持ち込み、ランナーたちの弱点や能力向上のヒントを探った、意欲的なランニング強化本が「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」。走っている時にカラダのなかでなにが起こり、どう変化し、どう影響するのか? そして、それに対し、長距離を効率よく走りきるために、どのような対策をすべきなのか?
何度もマラソンを経験しているのになぜか記録が伸びない、ケガが絶えない、レース調整がうまくいかない、トレーニングメニューが自分に合っているのかわからない。そんな悩める市民ランナーの「もっと走りたい」情熱に寄り添える一冊です。
本記事では「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」の中から運動生理学の観点から長距離ランナーの能力を紐解いていています。。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
※本稿は、藤井直人/著「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」(小学館)の一部を再編集したものです
【基礎知識3】運動強度の新たな基準・クリティカルスピードってなに?
■パフォーマンスベースの運動強度基準
最近、海外などで運動強度の基準として注目されている概念が、「クリティカルスピード」と呼ばれるもの。
短い距離から長い距離に至る全力走の平均スピードをグラフにすると、運動時間(距離)が長いほどスピードが遅くなるという反比例の曲線になります。運動生理学的には、この曲線の漸近線をクリティカルスピードといい、代謝応答が一定に保たれる最大強度を示します。つまり、このスピード以上になると、代謝応答が時間とともに大きくなり(酸素摂取量や血中乳酸値の上昇)、そのうち運動継続が困難となります。クリティカルスピードを求める場合、まず800m、1500m、5000m、10000m、ハーフマラソン、フルマラソンなどさまざまな距離の自己ベストタイム(試合のものでなくてもOK)を横軸に、さらにそれらの平均スピードを縦軸に取ります。曲線がやがてフラットになるポイントがクリティカルスピード。理論的にはずっと運動を継続できる最大のスピードになります。
クリティカルスピードはLTペースよりやや速く、フルマラソンのペースに近くなります。実際トップアスリートのクリティカルスピードとマラソンの平均スピードを比較すると、両者の値がかなり近くなっています。
研究やトレーニングの場では最大酸素摂取量やLT値で運動強度の設定をすることが多いと思いますが、実際はランナーによってカラダの負担が違ってきます。クリティカルスピードを基準に強度を設定すると、よりカラダに合った適切な強度でのトレーニングが可能となる可能性があり、自身のマラソンタイムのポテンシャルを予測することもできます。
〈カラダのなか〉理論上はずっと運動できる最大のスピードを「クリティカルスピード」という
運動生理学では、最大酸素摂取量やLT での強度を基準に強度を設定することが一般的ですが、実はその人の能力や特性によって身体的負荷が違ってきます。実測したパフォーマンスベースで導き出す「クリティカルスピード」であれば、よりランナーの個体に適切な強度設定が可能になる可能性が。理論上はずっと運動できる最大のスピードなので、マラソンのタイム予測にも最適!
■運動時間が長くなるほどスピードは遅くなる
上図は、男子トラック各種目の世界記録の平均スピードを時間に対してプロットしたもの。反比例の曲線の形になります。人間だろうと動物だろうと、運動時間が長くなるほど、スピードが遅くなるという普遍的な真実を表しています。
■クリティカルスピードはマラソンのレースペースに近い
上の表は、世界のエリートランナーのクリティカルスピード(CS)と、フルマラソンの平均スピードを比較したもの。エリートたちのフルマラソンの平均スピードは、CSに対し平均96%とレースペースに近い数値となっています。
Jones and Vanhatalo., Sports Med, 2017
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運動生理学が初めて明かすランニングの正体はいかがでしたでしょうか?
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」を読むことでトレーニングの本質を再認識することができるはず、気になる方は読んでみてください。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
著者/藤井直人 FUJII NAOTO
筑波大学 体育系 助教。博士(学術)。専門分野は運動生理学。
1981年6月24日大阪府生まれ。筑波大学体育専門学群卒業。大学在学中は陸上競技部に所属。その経験を活かし、運動時の呼吸・循環・体温調節に関する運動生理学的研究を数多く行っている。さらに筑波大学体育系の特色を活かし、競技パフォーマンス向上のためのスポーツ科学研究も進めている。これまでの研究成果はThe Journal of Physiology やMedicine & Science in Sports & Exercise といった運動生理学・スポーツ科学分野の一流雑誌を含め、国際誌に170報以上掲載されている。アメリカとカナダでの海外留学の経験を活かし、複数の国の研究者と共同研究を精力的に進め、国際的な賞も複数受賞している。