フルマラソンのような長距離を暑いなかでぶっ続けで速く走れるのは、人間だけだと知っていますか? なぜなら、ヒト以外の動物は、体温調節ができないから。
運動生理学とは、運動中に体内で起こる化学反応、現象、影響、状態を追求する研究です。その観点を一般実用書として初めてマラソンに持ち込み、ランナーたちの弱点や能力向上のヒントを探った、意欲的なランニング強化本が「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」。走っている時にカラダのなかでなにが起こり、どう変化し、どう影響するのか? そして、それに対し、長距離を効率よく走りきるために、どのような対策をすべきなのか?
何度もマラソンを経験しているのになぜか記録が伸びない、ケガが絶えない、レース調整がうまくいかない、トレーニングメニューが自分に合っているのかわからない。そんな悩める市民ランナーの「もっと走りたい」情熱に寄り添える一冊です。
本記事では「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」の中から運動生理学の観点から長距離ランナーの能力を紐解いていています。。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
※本稿は、藤井直人/著「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」(小学館)の一部を再編集したものです
【基礎知識1】外から得た物質を体内で交換!そもそも「代謝」ってなに?
■食べたものを体内で必要な物質に変換
ランナーの運動生理学の世界に入っていく前に、まずは基本である人間の代謝について理解しておきましょう。
そもそも代謝とは、カラダで起こる化学反応全般のことをいいます。人間は、食事で栄養素を摂取し、それを代謝することでエネルギーを生み出しています。人間の運動は、骨(関節)を動かすことで成り立っていますが、骨を動かしているのは骨格筋です。さらに、この骨格筋を動かす最も重要なエネルギー源となるものは、「ATP(アデノシン3リン酸)」という物質。しかし、細胞内に蓄えられたATPは、ごくわずかであり、骨格筋を動かし続けるためには体内で絶えずATPを合成する必要があります。その材料となるのが、炭水化物や脂質、タンパク質といった「三大栄養素」です。
食事で摂取した三大栄養素は、体内で細かい低分子にまで代謝されて全身の細胞でエネルギーを放出します(異化作用)。また、エネルギーを使った代謝によって高分子の化合物をつくり、グリコーゲン生成や、筋や骨などの組織形成をもたらします(同化作用)。さらに、代謝産物や吸収されなかったものは尿や便、呼気として体外に排泄されます。
また、体内のATPを合成するためのエネルギー代謝のシステムは、主に3つあります。これら3つのシステムは、運動の強度や時間などによって、稼働する割合が変化します。このうち「ATP−CP系」と「解糖系」というシステムは、酸素を使用しないことから「無酸素系」とも呼ばれ、一方、「クエン酸(TCA)回路」と「電子伝達系」という長時間運動に適性のあるシステムは、酸素を必要とすることから「有酸素系」と呼ばれています。
〈カラダのなか〉代謝は、化合物を細かく分解する「異化作用」と、化合物を合成する「同化作用」に大別される
外界から摂取した三大栄養素は、細かい低分子にまで分解(代謝)され、エネルギーを放出します(異化作用)。また、エネルギーを使って低分子物質から高分子物質を合成(代謝)し、グリコーゲンや、筋、骨などの組織形成をもたらします( 同化作用)。代謝産物や吸収されなかった栄養素などは、呼気や尿、便として、体外に排泄されます。
〈カラダのなか〉運動にはATP(アデノシン3リン酸)が必要!
「カラダを動かす」ことは、「骨格筋を収縮させて骨を動かす」ことです。この骨格筋を収縮させるエネルギー源が、筋細胞内に存在するATP(アデノシン3リン酸)という物質です。アデノシンという化合物に3つのリン酸基が結合したもので、このうち1つのリン酸基が分離したときに、エネルギーが発生し、産熱とともに筋収縮が起こります。
■1つのリン酸基が分離したときにエネルギーが発生!
ATPの1つのリン酸基が分離するときに、エネルギーが発生し、産熱や筋収縮が起こります。2つのリン酸基になったADP(アデノシン2リン酸)は、再びリン酸基と結合することで、ATPに再合成され、エネルギーが蓄えられます。
〈カラダのなか〉筋細胞に貯蔵されているATPはわずか。3つのルートでATPを合成する!
筋細胞内に貯蔵されているATPは、短時間でなくなってしまうほどの少量。運動を持続させるためには、体内でATPを合成する必要があります。体内のATP合成ルートは主に3つ。クレアチンリン酸、糖質、脂質などをもとに、強度や持続時間に応じてATPが合成されます。
■3つのルートと運動時間の関係
各時間における最大運動時のエネルギー寄与率を先行研究データをもとに構築
上図は、3つのATP合成ルートと運動時間の関係を表したもの。短時間のほぼ全力の運動ではATP-CP系がメインで働き、運動時間が長く、強度が低くなるにつれて、解糖系から有酸素系に主役が移行するイメージです。
Gastin., Sports Med, 2001
〈カラダのなか〉超短時間の全力ダッシュで活躍!「ATP-CP 系」
3つのATP合成ルートのなかでも最速最大最短のパワーを発揮するのが、「ATP-CP 系」です。筋細胞内のクレアチンリン酸のリン酸基が、ADP(アデノシン2リン酸)と結合してATPが合成されます。クレアチンリン酸はわずか2~20秒ほどの全力運動で枯渇し、陸上競技では100m走などの短距離種目でメインのエネルギー供給機構となります。
■クレアチンリン酸からATPを合成
■2~20秒ほどの高強度運動で尽きるが、休むと回復
わずか2~20秒ほどの全力運動でクレアチンリン酸は枯渇します。しかし、休息すると酸素を使ってクレアチンリン酸が再合成されるため、再びダッシュができるようになります。高強度運動後4分ほどの休息でクレアチンリン酸の大部分が復活するというデータも。
〈カラダのなか〉陸上短・中距離種目で活躍!「解糖系」
細胞内でグルコース(ブドウ糖)がピルビン酸に変換される過程でATP が合成され、代謝産物としてピルビン酸とともに乳酸も産生。ATP 合成速度が速く、20~120秒ほどの高強度運動でメインとして稼働。陸上競技であれば、200~800m走の短・中距離競技で活躍します。
■糖質(グルコース)からATP を合成する、もうひとつの無酸素系ルート
■20~120秒の高強度運動で重要だが、代謝産物のピルビン酸はマラソンでも主力
基本的に短・中距離種目のような高強度運動(持続時間20~120秒)でメインとして働きますが、解糖系の代謝産物であるピルビン酸から酸素を使って大量のATPが合成されるため、マラソンのような長距離種目でも主力として稼働します。
〈カラダのなか〉長時間の運動を可能にする最大のATP 生成工場「有酸素系」
ミトコンドリアで、アセチルCoA(アセチルコエンザイムエー)という代謝産物と酸素から大量のATPを合成するルート。アセチルCoAは、解糖系で生じたピルビン酸や遊離脂肪酸を原料としています(アミノ酸は運動中の供給が小さい)。長時間の持続的なATP 生成が可能なルートであるため、1500m走以上の中・長距離競技でメインとして稼働します。
■ミトコンドリア内で大量のATPを再合成
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運動生理学が初めて明かすランニングの正体はいかがでしたでしょうか?
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」を読むことでトレーニングの本質を再認識することができるはず、気になる方は読んでみてください。
「ランナーのカラダのなか運動生理学が教える弱点克服のヒント」
著/藤井直人 小学館 1650円
著者/藤井直人 FUJII NAOTO
筑波大学 体育系 助教。博士(学術)。専門分野は運動生理学。
1981年6月24日大阪府生まれ。筑波大学体育専門学群卒業。大学在学中は陸上競技部に所属。その経験を活かし、運動時の呼吸・循環・体温調節に関する運動生理学的研究を数多く行っている。さらに筑波大学体育系の特色を活かし、競技パフォーマンス向上のためのスポーツ科学研究も進めている。これまでの研究成果はThe Journal of Physiology やMedicine & Science in Sports & Exercise といった運動生理学・スポーツ科学分野の一流雑誌を含め、国際誌に170報以上掲載されている。アメリカとカナダでの海外留学の経験を活かし、複数の国の研究者と共同研究を精力的に進め、国際的な賞も複数受賞している。