6歳から藤井を見守り続ける師匠。藤井に2つ目の黒星をつけた棋士。「八冠目」である王座を明け渡した元タイトル棋士。3人が間近で見てきた〝アスリート〟としての成長を心・技・体の視点からひも解く。
体
「局面への理解力」が示すはかりしれない思考体力
第6局までもつれこんだ第72期王将戦。「第3局で羽生九段が選んだ『雁木』は藤井さんが対戦経験の少ない戦型。これに動じず正確に指し続けられるのはさすが」(中村八段)
〝心と体はつながっている〟相乗効果が生む思考体力
2017年、羽生善治王座(当時)との第65期王座戦で勝利し、王座就位経験のある中村太地八段。自身の経験を交えながら藤井の過密日程についてこう語る。
「勝てば勝つだけ対局数が増えるのが棋士という職業ですから勝率が8割を超える藤井さんの対局が多くなるのは必然ですね。羽生九段から聞いたことがあるのですが、一番忙しかったのは三冠から四冠を持っていて五冠から六冠へと進んで行く時期だったそうです。自身のタイトル防衛戦に加えて、獲得しようとするタイトル戦では挑戦者を決める戦いがあり、挑戦権を獲得した場合にはさらに番勝負を戦うことになります。タイトルをほとんど取ってしまうと番勝負だけなので、現在七冠を保持している藤井さんも三冠から四冠の頃よりは体力面での余裕が少しは出てきていると思います」
とはいえ地方への巡業が多いタイトル戦は対局日前後の移動日を含めると1日制のタイトル戦で3日、2日制のタイトル戦では4日が1局のたびに必要となる。
「多忙であることは間違いないでしょう。ただ藤井さんの場合は〝乗り鉄〟という自身の趣味がマッチしていて地方の鉄道に乗って楽しみながら移動している部分があり、移動が大変という意識がそれほどないのかもしれませんね」
棋士の将棋は持ち時間が長く、朝に始まった将棋が終局するのは深夜0時を超えることも珍しくない。対局中の体力・集中力という点ではどうだろうか。
「対局は長時間かかるので体力的にしんどいと思うこともありますが、藤井さんはまだ21歳という若さなので体力面でもまだ余裕があるように感じます。対局中の集中力もすごみがありますね。人間の限界というか、これ以上考えてもわからないと思われているところでもわかるまで突き詰めて考えてやろうという気迫を感じます」
しかし、棋士は対局だけが仕事ではない。対局に臨むための研究時間などが限られる中で藤井が進化を続ける理由を分析する。
「藤井さんの場合は一局指した将棋の反省点を生かし、その反省点をモチベーションとして知識を蓄えている気がします。ですから藤井さんの局面に対する理解力は相当深い。私の場合は研究した局面が実際に出現しても、うろ覚えの記憶力で逆に戸惑うことがあります。記憶力に限界がある以上しょうがないことではありますが、藤井さんの場合は記憶がしっかりと理解・整理されていて実戦で瞬時に出力することができる〝思考体力〟があるのだと思います。
私は心と体はつながっていると考えていて、藤井さんの場合は心と体の両方が相乗効果を生んでいるのでしょう。人と比べることはせず、自分の将棋の成長だけを考える。それが圧倒的な結果につながっているように思います」
対局中の集中力は〝恐怖〟さえ感じさせる、すごみがあります
中村太地八段
1988年生まれ。2006年四段に昇段。2017年の第65期王座戦では羽生善治王座(当時)に挑戦し3勝1敗で初タイトルを獲得。YouTubeで将棋の魅力を発信する。
取材・文/加藤久康 写真提供/日本将棋連盟
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