6歳から藤井を見守り続ける師匠。藤井に2つ目の黒星をつけた棋士。「八冠目」である王座を明け渡した元タイトル棋士。3人が間近で見てきた〝アスリート〟としての成長を心・技・体の視点からひも解く。
※本記事は9月末時点に取材したものです。
心
目先の勝ちよりも己の強さを追求する「楽をしない勝負」を選ぶ精神力
第71期王座戦トーナメントでの一局。「AI評価勝率6%から逆転勝ちを遂げた局面。終盤戦で彼の執念が実を結んだ」(杉本八段)
対戦相手が誰であれ、〝将棋の真理〟を追い求める
師匠として藤井聡太七冠の幼い頃からの成長を見てきた杉本昌隆八段。東海研修会(※1)に入った小学1年の頃から「この子は将来、間違いなく超一流の棋士になると確信していた」と言う。
「藤井くんに関しては将棋のレベル、技術に関して心配したことは全くありません。ただ、精神的な部分では幼くして入門したこともあり少し気を使いました。私の一門では定期的に研究会を行なっていますが、藤井少年が感想戦で対戦相手と意見がぶつかり合った時があり、まだ幼かった彼が相手の指し手を全否定するような辛辣な言い方をしたことがありました。『そういう言い方をすると相手の立場がないよ』と諭したことが一度だけありましたね」
そんな心配も14歳で棋士デビューとなった時にはなくなっていた。
「中学に上がる頃には同年代の少年と比べても3つほど年上のような落ち着いた雰囲気があって、心配することも少なくなりました。棋士の世界で弟子を叱責するのは将棋に対して真摯な態度でない時がほとんどで、藤井少年にはそれがまったくなかったですから」
また、藤井が初タイトルを獲得した2020年を振り返りながら「あれは僥倖(ぎょうこう)だった」と振り返る。
「新型コロナウイルスで緊急事態宣言が発令された中でのタイトル戦だったのですが、その影響で本来、行なわれるはずだった前夜祭などが取りやめられました。初タイトル戦でしたが対局に専念できる環境となったことが、彼には幸いしたかもしれません」
そして八冠まで王手をかけた今の藤井について、穏やかに言葉を続ける。
「彼の場合、タイトル獲得数や結果に対しては関心を持っていないように思います。それよりも将棋の真理に近づきたい、強くなりたいという意識で対局しているように感じますね。対戦相手が藤井将棋を研究して作戦を練りに練って挑んでくる中、彼の場合はその作戦をかわして勝とうという気配が全くありません。対戦相手の練ってきた作戦にすべて受けて立ち、対局中や対局後に考えることで自身の成長の糧として活用しているように思えます。タイトル戦という大舞台であっても無心で対局に臨んでいるところが彼の心の強さでしょうね。あと形勢を損ねて負けそうな将棋もたくさんありましたが、そんな終盤戦で諦めずに放つ執念の勝負手に、彼の精神力が秘められている気がします」
小さい頃から突出した才能と将棋に対する真摯な態度があった
杉本昌隆八段
1968年、愛知県名古屋市生まれ。90年四段昇格。2019年に順位戦B級2組昇級を果たす。2021年6月、日本将棋連盟の非常勤理事に就任。
取材・文/加藤久康 写真提供/日本将棋連盟
※1 研修会:プロ棋士になるための登竜門とも呼べる奨励会。その奨励会に入るための実力ある棋士を養成する機関のこと。
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