想定外の金利急騰に身構えるFRB
FRBのウォラー理事は10月に入り「金融環境が引き締まってFRBの任務の一部を肩代わりしている」とコメントするようになった。タカ派で知られるウォラー理事だが、急遽「ハト派」に転じたことに市場では驚きが広がったが、背景には9月FOMC以降の長期金利の急上昇がありそうだ。
FOMC前は4.3%前後で推移していた米10年国債利回りは、FOMCメンバーが来年、再来年の政策金利見通しを引き上げたことを受けて一時4.8%台まで急上昇した。
ここもと米国のインフレ率は緩やかな低下傾向にあるが、この長期金利の上昇を受けてインフレを除いた長期の実質金利が急上昇している。10年国債利回りから市場が織り込む期待インフレ率を除いた「実質10年国債利回り」は、2022年の夏以降おおむね1~2%のレンジ内で推移してきていたが、9月のFOMC後には一時約2.5%まで急上昇し、期待インフレがマイナス圏に急落したリーマンショック時以来の高水準に達した(図表3)。
中央銀行であるFRBの使命は「物価の安定」と「雇用の最大化」の2つを達成することにある。このため、インフレ退治を目指して利上げを続けている時でも、景気に一定の配慮をする必要がある。FRBは今回の金融引き締め局面では「通常の3倍速の利上げ」に踏み切ったが、様々な市場との対話を続けることで、10年の実質金利はおおむね1~2%のレンジ内で推移してきていた。しかし9月のFOMC後は、このレンジを大きく上抜けして実質金利が上昇してしまった。
FRBは今年6月のFOMCでも9月会合と同様、利上げを見送るとともに政策金利の見通しを引き上げたが、長期金利に目立った反応は見られなかった。
このため、今回の市場の反応・金利の急上昇は、FRBにとって想定外のものであった可能性がある。長期金利の上がりすぎによる景気失速、いわゆる「オーバーキル」を回避するため、あわてて火消しに動いたというのが今回のFRBの急旋回、相次いだタカ派のハト派転換の背景にありそうだ。
陰謀論から考えるFRB急旋回のワケ
9月のFOMCでタカ派なメッセージを発したFRBが、その舌の根も乾かぬうちにハト派に転じたことに、モヤモヤとしたものを感じている市場参加者は少なくないだろう。通常であれば、FRBは市場との対話を通じて余計なショックをあたえることなく、その政策意図の浸透を図ろうとするが、そうしたFRBが市場金利を乱高下させてしまった今回の「急旋回」については、何らかの「裏の理由」を勘ぐりたくなるところだ。
ある出来事について、偏見や不十分な証拠に基づいて悪意ある企みの存在を唱えることを「陰謀論」という。例えば、偏った政策を掲げる政治家とその熱狂的な支持者が存在を信じる「謎の秘密結社」などは、こうした陰謀論の典型だろう。
一方で、状況証拠と仮説の積み上げで金融当局の裏の意図を邪推する「健全な陰謀論」は、先読みが得意な市場と対峙する上では、むしろ必要なアプローチかもしれない。
そんな「健全な陰謀論」の観点からFRB急旋回の背景を探ると、気がかりなのが金融システム不安の問題だ。今年3月には米地銀が立て続けに経営破綻に追い込まれ市場に激震が走ったが、米地銀を取り巻く経営環境は厳しさを増している。
というのも、経営悪化の背景には度重なる利上げによる保有債券の価格下落があったが、ここもとの利上げ長期化で米長期金利は今年3月よりも高水準にあるからだ。このため、米地銀株は現在も低迷が続いている(図表4)。
こうした金融機関の経営環境の厳しさは、米国に限ったことではない。国際通貨基金(IMF)は半期に1回、国際金融安定性報告書(GFSR)を公表しているが、10月に公表された同報告書では今後も中央銀行が利上げを続け、世界経済が景気後退に陥った場合、「多くの金融機関に深刻な影響を与えかねない」と警告している。
今回のGFSRでIMFは世界29カ国、約900行の金融機関のストレステスト(厳しい経営環境下での経営の健全性確認)を実施しているが、中核自己資本(CET1)比率がバーゼル規制で求められる7%を割り込む、ないしはCET1比率が5%以上低下する金融機関が、215行に達すると試算している。
中でも、その惨状が懸念されるのが、不動産不況が直撃している中国の銀行セクターだ。GFSRのストレステストでCET1比率に問題が生じるとされる215行のうち、76行が中国の銀行とされている。
また、同ストレステストの結果、中国の金融セクター全体のCET1比率は11%から7.1%まで低下し、金融システム全体が資本不足に陥りかねない可能性が指摘されている(図表5)。
こうした金融機関の経営環境の厳しさは、米国に限ったことではない。国際通貨基金(IMF)は半期に1回、国際金融安定性報告書(GFSR)を公表しているが、10月に公表された同報告書では今後も中央銀行が利上げを続け、世界経済が景気後退に陥った場合、「多くの金融機関に深刻な影響を与えかねない」と警告している。
また、中国の政府系ファンド、中央匯金投資は10月に中国の4大国有銀行の株式を買い増し、さらに今後も購入を続けると表明した。ちなみに、中央匯金投資がこうした株式購入を行うのは、2008年のリーマンショック、そして2015年のチャイナショックに続いて3回目となる。
今回の株式購入は低迷する銀行株価のテコ入れを狙ってのものとされているが、過去に買い出動した時の厳しい状況を考えると、皮肉なことに中国の金融セクターが抱える事態の深刻さを印象付ける結果となっている。
ちなみに、IMFが今回のGFSRを公表したのは10月10日だが、FOMCメンバーの中でタカ派として知られるダラス連銀ローガン総裁のハト派発言は10月9日、ミネアポリス連銀カシュカリ総裁は10月10日、そしてFRBウォラー理事は10月11日だった。
また、中国の政府系ファンドが4大銀行の株式購入を発表したのは10月11日となった。もちろん何の確証もないが、陰謀論の観点から眺めると、一連の出来事を偶然の一致と考えるのは少々無理があるように思えてならない。
まとめに
FRBが急旋回して米国での利上げが終了すると、市場のセンチメントは急速にリスクオンに転じる可能性が高まる。そして、米国ではハイテク株が物色の中心となり、日本では海外投資家が好む大型株や値がさハイテク株を多く含む日経平均主導での株高が想定される。
とはいえ、FRBが急旋回に至った背景については注意が必要だろう。中でも、中国を起点とした金融システム不安については、世界経済に与える影響も小さくないため注意深く状況を見守っていく必要がありそうだ。
※個別銘柄に言及しているが、当該銘柄を推奨するものではない。
出典元:三井住友DSアセットマネジメント
構成/こじへい