イブ・サンローランのミューズ、ベティ・カトルー
1966年、当時、フランスではフェミニズムの概念が浸透し、シャルル・ド・ゴール政権が既婚女性の法的権利を向上させる法案を可決し、女性たちが新たなキャリアの道を切り拓き始めていた時期でした。こうした時代を先駆けるように、イヴはパンツスーツファッションを提示しましたが、このスタイルに最も華やかに映えたのが、当時23歳だったベティ・カトルーでした。
興味深いことに、イヴは通常、取り巻きに囲まれていることが多く、他人との交流は希少でしたが、このときはイブからベティに声をかけています。この行動は、彼にとっては非常に異例のことでした。ふたりの関係は、単なるデザイナーとモデルの関係を超え、より深くスピリチュアルな結びつきがあったようです。イヴがベティに声をかけた瞬間も運命的といえるものでしょう。
ベティは、イブの友人であり、サポーターとして生涯にわたってイブを支え続けたのです。
イブ・サンローランはファッション界にどんな革命を起こしたのか
女性のための男性服を提案:1966年、イヴ・サンローランが初めて「ル・スモーキング」を披露した当時、女性が公然とパンツスーツを着ることは、社会的に大きな論争を巻き起こしました。特に、ニューヨークの名門レストラン「ル・コーテ・バスク」で、社交界の一員であるナン・ケンプラーがイヴ・サンローランのタキシードスーツを身に着けて訪れ、入店を拒否されたエピソードは広く知られています。
2008年にベルジェは「シャネルは女性に自由を、イヴ・サンローランは女性に力を与えた」と述べ、イブの社会的な影響力を強調しました。イブ自身も、1977年に『ザ・オブザーバー』紙のインタビューで、女性にも男性と同じ基本的なワードローブを提供することの重要性を語りました。彼は、「ブレザー、パンツ、そしてスーツ。これらのアイテムは非常に実用的で、女性もこれを求めていると考えました。」と語っています。
ファッションとアートの融合:「アート×ファッション」のコラボレーションを最初に成功させたのは、イヴ・サンローランでした。特に有名なのは、1965年に発表した「モンドリアン・コレクション」です。このコレクションは、オランダの抽象画家ピエト・モンドリアンが確立した「コンポジション」のスタイルと、モダニズムの精神へのオマージュが込められています。
イヴ・サンローランは、アートとファッションの融合によって、新たな表現の可能性を切り拓いた先駆者として評価されています。
プレタポルテに貢献:1966年、高級オートクチュールが主流だった時代において、イヴ・サンローランは自身の名前を冠したプレタポルテ(既製服)のブティック「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」をパリのセーヌ左岸にオープンさせます。
このブティックは、オートクチュールの廉価版ではなく、全く新しいアイデアを実践する実験場と位置づけられ、オートクチュールとは異なる完全に独立したコレクションを展開しました。
この新しいラインは大きな成功を収め、ファッションを贅沢で特権的なオートクチュールの世界から解放する役割を果たします。
この成功を受けて、イヴ・サンローランは1968年にニューヨークに進出、翌年の1969年にはロンドンにも同様のプレタポルテのブティックをオープンしました。さらに、メンズ専門のプレタポルテ・ブティックも展開し、現在のようなプレタポルテという確立したジャンルに大きな貢献を果たします。
広告塔としての役割:デザイナーが自身のブランドの広告キャンペーンに登場することは、現代では一般的ですが、1971年当時はデザイナー自身が広告塔になり、ましてやイブ自身がヌードで登場すること自体、前例のないことでした。実際、その当時は掲載が禁止されるなど賛否を巻き起こしたように、いかにイブが時代を先取りする革新性があったのかを感じるエピソードでもあります。
絵本おてんばルル(La vilaine LuLu)
卓越したイブの想像力を知ることができる黒と赤のみで構成された貴重な絵本が「おてんばルル」です。ルルはお洒落でとってもキュートですが「いけないことばかり」する女の子として描かれています。そこには法律も常識も全く通用しない、ルルの世界は、イブの精神世界を垣間見るような可愛いだけではない、毒っ気のあるユーモラスな面白さがあります。
ヴィジュアルの構成も含めて、ファッション以外の側面からもイブの世界観を楽しめるはずです。
おわりに
絶え間ない革新と芸術的なビジョンをもって、イブ・サンローランは20世紀のファッション界に永遠の足跡を刻みました。その一方、生まれながら鬱傾向があったともいわれ、その活躍の裏側では鎮静剤など薬物とアルコールに依存する苦しさもあったようです。
このようにイブ・サンローランの功績には燦然と輝く光があり、その半生には影の部分もあったのです。
とはいえ、イブがファッションにおいて性別や社会的制約を越え、新たな可能性を示したことで、ファッションがモードの枠を超えてアートと融合し、美と個性の探求に導いたことに変わりはないのです。
最後にイブ・サンローランのこんな言葉をご紹介します。
「ファッションは色あせるけど、スタイルは永遠さ。」
これで今回のアイデアノミカタ「イブ・サンローラン」はおしまいです。
次回もお楽しみに!
<参考文献>
イブ・サンローランへの手紙 (中央公論新社)
イブ・サンローラン(日之出出版)
https://www.nact.jp/exhibition_special/2023/ysl/index.html
文/スズキリンタロウ (文筆家)