老人ホームで最期の時を迎える老人たちのベッドに寄り添い、身体を擦こすりつけ、顔を舐なめ、そして傍らで静かに、おくる。一緒に暮らして最期のときまで寄り添う犬猫たち。
『盲導犬クイールの一生』の著者・石黒謙吾氏が死を看取る犬たちと人間との絆を描いた『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』(光文社)より一部抜粋し、神奈川県・横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」とそこで一緒に暮らして最期のときまで寄り添う犬猫たちのエピソードを紹介していく。
祐介と「同伴入居」に至るまでは一緒に家にいると言い張って
認知症が進んだ人が大半を占める入居者の中で、ひときわしゃきっとした姿で暮らしている澤田冨與子こさんが、溺愛していた飼い猫の「祐介」と「同伴入居」でホームにやって来たのは2013年。このホームで暮らしてすでに10年が過ぎた。
もともと絵が好きで今でも個室内には画材が置かれ、アトリエのような雰囲気。壁には、昔飼っていた犬や猫の思い出の写真と並んで、自ら描いた絵が掲げられている。施設長の若山さんの著書の表紙の絵を描いたこともあるほどの腕前なのだ。
澤田さんは若い頃からたくさんの犬や猫を飼ってきた。還暦を目前にして愛犬2匹を相次いで亡くし、持病もあるからもう飼うのは終わりだと決めた矢先、訪れた海辺であるできごとが。
まだ目も開いてない、小さな小さな生後数日という子猫を海に流そうとしている女性を見たのだ。聞けば、情が湧かないうちに海に流すのだという。「待ってください! それなら私にください!」とその人に叫んで子猫を引き取った。
ここから、澤田さんはめいっぱい祐介をかわいがり、大切に育て、お互いにとってしあわせな、一心同体と言っていい暮らしが始まった。
しかし、背骨の病気を患っていた澤田さんの病状は次第に悪化。6年後には歩くことに支障をきたすようになると、一人暮らしだった澤田さんの心配ごとは、祐介のことになった。この子を残して入院なんかできない、しない。最後まで一緒に暮らす。そう決めていた。そんな病状と気持ちを察しているかのように、祐介はそれ以前にも増して澤田さんについて回り、家の中で転んでしまった時は心配そうに顔を舐めたりしていたという。
さらには、持病に加え、精神的にも支障をきたし、月に何度か家のことを手伝いに来てくれる姪が心配して心療内科にも連れて行き、通院することになる。
そうした状況の中、家の中で倒れてしまったところを、地元の見回りの方に発見されて一命はとりとめたものの、いよいよ入院となった。この時、祐介の世話に乗り出したペットシッターさんが、ご家族に「さくらの里」を紹介してからの入居となるのだが、そこまでがたいへんだった。
病院に3ヶ月間いて回復はしてきた澤田さんだったが、それでもまだ混乱状態にあった。今自分がいるのは自宅だと思い込んでいて、猫と一緒に入れる老人ホームなんてあるわけないから、絶対に行かないと言い張っていたのだ。
澤田さんが自室で抱きしめているのはタイガ。祐介亡きあとも、猫への愛は変わらない。
「犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム」
石黒謙吾(著) 光文社
【特報】9/25 オンエア、10月2日(月) 午後2:30 〜 午後3:00に再放送あり
NHK「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」
文/石黒謙吾