老人ホームで最期の時を迎える老人たちのベッドに寄り添い、身体を擦こすりつけ、顔を舐なめ、そして傍らで静かに、おくる。一緒に暮らして最期のときまで寄り添う犬猫たち。
『盲導犬クイールの一生』の著者・石黒謙吾氏が死を看取る犬たちと人間との絆を描いた『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』(光文社)より一部抜粋し、神奈川県・横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」とそこで一緒に暮らして最期のときまで寄り添う犬猫たちのエピソードを紹介していく。
祐介とここで過ごした8年間。先立たれたあともしあわせに
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老人ホームで最期の時を迎える老人たちのベッドに寄り添い、身体を擦こすりつけ、顔を舐なめ、そして傍らで静かに、おくる。一緒に暮らして最期のときまで寄り添う犬猫たち...
重度の衰弱状態となっていて体重が30キロしかなくなってしまった澤田さんだったが、お世話を続ける姪から「さくらの里」なら祐介と暮らせるのだといくら説明されても信じようとせず、祐介と一緒にずっと家にいるんだと言い張った。そこで致し方なしと、本人が意識朦朧としてよく状況がわからない時を見計らって、ストレッチャーに乗せて「さくらの里」に連れて行くことになる。
到着し目覚めた澤田さんの目に、3ヶ月間会えなかった祐介の姿が映る。
ぼろぼろと涙をこぼし、愛する猫を抱きしめる。
いつもそばにいた人に頭をこすりつけ、感極まってせつない声をあげる猫。
2人は再び、ともに暮らし始めることができた。
とはいえ、澤田さんの意識はすぐには回復に至らず、あとで思い返すと、1ヶ月間は夢の中で祐介といた感覚だったとか。しかし、徐々に現実を認識できるようになると回復ぶりは目覚ましいものがあり、数ヶ月で体重は10キロ以上増え、夜はぐっすりと眠り、言動もしっかりしていった。
やはり祐介と一緒にいられることが回復の要因だったはずだ。特に、もし自分に何かあっても「祐介はこのホームで生きていけるから大丈夫」と思える安心感が、なによりの薬となったのだろう。さらには、このホームで出される、しっかり手をかけて作られたおいしい食事の効果も大きかったようだ。
こうして、個室のベッドには、自宅でずっとそうしていたように、人と猫の枕が仲良く並んだ。椅子に座って絵筆をとれば、その様子を見つめる祐介がいた。
こうした胸を打つエピソードで、澤田さんは「さくらの里」入居者関連の取材を受ける機会が増えていったが、その中で、施設長の若山さんが深く感じ入ったことがあった。テレビのインタビューで「今が至福の時です」と答えたのである。老人介護施設の職員たちが目指しているのは、「あきらめ」が「しあわせ」に変わること。それをこうしてはっきり口にしてもらえたことが本当に嬉しかったという。
海辺で澤田さんに救われた小さないのちは、大切に育んでくれた人と15年のあいだ深くつながり合い、2021年3月に天国に導かれた。
そして。愛し続けた祐介はいなくなってしまったが、澤田さんはそのあともホームで、絵や手芸をたしなみながら、祐介が一緒に遊んでいた猫たちと、しあわせに暮らしている。いつも、祐介とのたくさんの思い出を嚙みしめながら。
澤田さんの個室には画材がずらりと並ぶ。そして、昔、一緒に暮らした犬や猫たちの写真や絵もたくさん飾られている。
「犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム」
石黒謙吾(著) 光文社
【特報】9/25 オンエア、10月2日(月) 午後2:30 〜 午後3:00に再放送あり
NHK「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」
文/石黒謙吾