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【ヒット商品開発秘話】国内出荷数が発売から3年でシリーズ累計500万本を突破した象印マホービン「シームレスせん」シリーズ

2023.09.28

有り得ないことのチャレンジ

 せんとパッキンの一体化が容易ではなかったのは、そもそも有り得ないことだったからである。せんの素材は樹脂の一種のポリプロプレン(PP)、パッキンの素材はシリコン。両者は材料特性上、正反対の動きをする。

「樹脂加工を専門にしている部品メーカー、シリコンの成形加工を得意としている部品メーカーそれぞれに、PPとシリコンの一体化が可能なのかを聞いてみたところ、『そんなのできるわけがない』『有り得ません』と言われました」と振り返る森嶋さん。例えば、PPとシリコンをくっつけたものに熱を加えると、両者が正反対の動きをするため、必ずはがれようとする。

 PP以外の樹脂であれば、シリコンと一体化することが可能なものもある。ただ、シリコンと一体化できる樹脂の中には、温度が高くなると変形するものもあるので、品質上の問題発生が懸念された。

 その点PPは耐熱性が高い。いかなる温度帯や環境で使用されても品質上の問題が発生しないようにするため、PP以外の樹脂に変更することは考えなかった。

テストのため手でパッキンを引っ張ったことも

 では、PPとシリコンの一体化という有り得ないことはどうやって実現したのか? 「すごいことはしていません」と明かす森嶋さん。次のように続ける。

「前例にとらわれず様々な検証を繰り返し実施した上に、通常のせんとパッキンをつくるときにはかけない手間をかけました。そんなテストもするの? と思われることも延々とやっていました」

 そんなテストの1つが綱引きであった。綱引きは、科学的に一体化されたPP製のせんとシリコン製のパッキンを、どの程度の力がかかるとパッキンがせんからはがれるかを確認するために行なったこと。試験機だとつかみづらいところをつかむことになるため計測できないことから、手で直接パッキンを引っ張ったり、自作したパッキンがつかみやすくなる道具を使い人間が引っ張ったりすることで、パッキンがはがれ始める力を測定。その光景を遠くから見ると、「遊んでいるのかな?」と勘違いするほどだった。

2022年9月に発売されたSM—GA型のシームレスせん。このままの状態で洗うことができる

社外の反応からイケると確信

『シームレスせん』シリーズは、企画開発の段階からシリーズ展開することを決めていた。発売から数年程度で、一定の売上規模になるべく幅広くラインアップすることにした。将来を見据えて本腰を入れて育てることは、水筒では珍しいケースといってもいい。

 社内では売れ行きを心配する声が聞かれたこともあった。とはいえ、ステンレスマグが大きく落ち込んでいた当時の同社にとっては、『シームレスせん』シリーズに賭けるしかなかった。

 社内の不安をよそに、社外の反応は好意的だった。発売前の準備で取引先に商品の説明をした際、森嶋さんが開発背景などを明かしたところ、他の新商品と比べて「スゴい」「いいですね」と高く評価。その反応から、社内でも「これはイケるかも」と思われ始めるようになった。

 販促はテレビCMをはじめSNSでの広告配信、キャンペーンなどと多面的に展開。広告に関しては、テレビCMはシームレスせんの良さや便利さが伝わる情緒的なつくりにしたが、SNSでは「シームレス先生」というキャラクターを立てて、せんとパッキンを一体化したことの具体的なメリットを説くつくりにした。

 現在販売されている『シームレスせん』シリーズは型数で11。ステンレスマグやタンブラーでは、半分以上がシームレスせんを採用している。

2022年9月に発売されSM—ZB型

2021年9月に発売されたステンレスキャリータンブラー、SX-JA型

 ラインアップが順調に増えている『シームレスせん』シリーズだが、これに伴い売れ行きも増加。同社の発表によれば、発売開始から2022年7月20日までの国内累計出荷数が270万本だが、この約1年後の2023年7月24日時点の国累計出荷本数が500万本を突破。1年足らずでほぼ2倍といってもいいほど売れ行きを伸ばしている。

 今後の展開はどのように描いているのか? 商品企画部企画グループ サブマネージャーの西村朱音さんは次のように話す。

「『シームレスせん』シリーズは人気が高く、これがあるおかげで選んでくれているお客様は多くいます。お客様のニーズはどんどん変化していくと思いますが、切り替え可能なものではシームレスせんに切り替えていきたい考えです」

象印マホービン
商品企画部企画グループ
マネージャー 森嶋孝祐さん
商品企画部企画グループ
サブマネージャー 西村朱音さん

取材からわかった『シームレスせん』シリーズのヒット要因3

1.洗いやすい

 使い終わって洗うときにパッキンを外す手間を省略。洗いやすくなったと同時に、パッキンをなくす心配もなくなった。

2.本質機能の変化に対応

 水筒の本質機能は軽量・コンパクト、保温/保冷力といったものだったが、普及して当たり前になると、洗う手間に不満を覚えるようになった。洗いやすさも本質機能として求められるようになったことに対応したことが支持を集めた。

3.将来を見越した先行研究

 せんのPPとパッキンのシリコンの一体化は「有り得ない」と反応されるほど困難なこと。しかし、いつかは必要とされるかもしれないと実現に向けた研究が先行して行なわれていた。ニーズが明らかになったときに、実用化の下地がある程度までできており、いち早く完成させることができた。

 西村さんによれば、デザインに惹かれて『シームレスせん』シリーズを買ったところ洗うのに手間がかからない点に感動してハマったユーザーがいれば、一度使って他のものが使えなくなったユーザーもいるほど。ニーズを的確につかむことの大切さが商品開発ではどれだけ大切なことかが、熱烈な支持の声からも伝わってくる。

製品情報
https://www.zojirushi.co.jp/syohin/bottle/seamless/

文/大沢裕司

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