イーロン・マスクが率いるSpaceXの衛星通信サービス「Starlink」が日本に上陸したかと思えば、瞬く間に普及した。SFの世界の話だと思われていた宇宙ビジネスも少しずつ仕事や生活と切り離せない存在となり始めている。今後はどうなっていくのだろうか。今注目すべき分野や宇宙ビジネスが目指す未来について、さまざまな宇宙ビジネスを手掛けスペースポートジャパン理事でもある、電通の片山俊大氏に聞いた。
株式会社電通 ソリューション・デザイン局 次世代都市ビジネス開発部
ビジネス・プロデューサー 電通宇宙ラボ 片山俊大(かたやまとしひろ)氏
一般社団法人スペースポートジャパン 共同創業者&理事。電通入社後、プロモーション/メディアマーケ/コンテンツ領域からPR 戦略まで幅広く担当。専門分野は「広告領域全般」「新規事業」「M&A」等。常に、道がないところを歩くようにしている。著書に膨大かつ複雑な宇宙ビジネスを直観的にまとめた『超速でわかる! 宇宙ビジネス』。
世界に先駆けて宇宙資源の活用を提唱
──電通グループと宇宙の関わりについて教えてください。
最初は、健康飲料のCMを国際宇宙ステーション内で撮影し、初の「宇宙CM」を制作したプロジェクトだったと思います。2001年のことです。
最近では、月面着陸に挑戦したスタートアップ企業「ispace」への協賛を通じて、着陸船や探査車に企業ロゴを貼るコミュニケーション手段だけでなく、各企業が技術を提供してオープンイノベーションの場としても活用されました。
2016年には、宇宙事業に投資する人や宇宙を使ったコミュニケーション戦略を推進する人、クリエイティブ表現に活用する人など、社内で宇宙に関わる人たちを集めて横連携を図るバーチャル組織「電通宇宙ラボ」が立ち上がりました。電通宇宙ラボでは、情報共有をしたり、各プロジェクト間のコラボレーションを促進したりしています。
──片山さんが宇宙に関わるようになったきっかけは?
私は電通でクリエイティブ、メディア、プロモーション、ストラテジー、営業など、いわゆる広告会社らしい仕事は大体やってきました。
宇宙との出会いは2015年秋にアラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで開催された世界最大級の石油の展示会でした。私もこの展示会に関わることになり、そこでの日本パビリオンのテーマが「宇宙×資源エネルギー」でした。
──なぜ宇宙と資源エネルギーを組み合わさることになったのでしょうか?
よくBtoCやBtoBというように、政府間のことをGovernment to Government、GtoGといいます。さらには、国のトップ間のコミュニケーションのことをPresident to President、PtoPと私は呼んでいます。こうしたGtoGやPtoPのコミュニケーションは外交上どんどん重要になってきています。UAEのトップレベルでは、これからも石油の時代がずっと続くことはないとわかっており、2015年はUAEに宇宙庁ができた年でした。でも、まだ具体的なことが決まっていない状況だったので、日本からのパビリオンとして、石油の展示会に「宇宙×資源エネルギー」というテーマのパビリオンを出すことになったんです。
そこからすぐに私は宇宙と資源エネルギーの関係を探し始めました。パビリオンでは、宇宙でレアメタルを見つけるだとか、月面の氷を酸素と水に分解して燃料として使う、人工衛星で海底油田の発見の確率を上げるだとか、宇宙で太陽光発電をやって地球にエネルギーを送り込む技術などを集めてパッケージ化し、発信しました。
──パビリオンの反響はいかがでしたか?
石油の展示会で宇宙をテーマに掲げたので、かなり異彩を放ったパビリオンでした。でもだからこそ興味を引いて、すごく上手くいったんです。数多くの宇宙関係者がパビリオンに来てくださって外交ツールとして使ってくださったので、宇宙外交が動きました。
使える宇宙は使う。ニュートラルな心構えが重要
──ロケットによる打ち上げ輸送コストが下がったことで、様々な宇宙ビジネスが登場しています。片山さんが特に今注目されているのはどんな分野ですか?
最近はあらゆる産業と宇宙が掛け算されていて「宇宙×〇〇」がすごく増えてきていると思います。大前提として、宇宙と全く関係がない産業はもうなくなってきていると私は考えています。かつてのインターネットと一緒ですよね。元々インターネットは、アメリカの軍事利用上のニーズからつくられた、というのは有名な話だと思いますが、宇宙も、もともとは軍事利用を想定しながら開発された技術が民間に開放されて、宇宙ビジネスになっています。今はインターネットが当たり前の世の中になっているように、これからは、宇宙を活用することが一般的になっていくと思います。今後はより一層、全ての産業と宇宙が掛け算されていきます。
私はみんながまだやってない領域をなるべくやろうとしています。その一つが、2018年に有志で立ち上げた、スペースポート(宇宙港)を日本で実現するための業界団体「スペースポートジャパン」での活動です。
──スペースポートジャパンとはどんな団体ですか?また、なぜスペースポートに注目が集まっているのでしょうか?
まずスペースポートとは、宇宙機が離発着する地上の拠点です。活動内容は、日本各地にスペースポートを開港するために、国内外の企業や団体、政府機関等と連携して、ビジネス機会の創出、情報発信、政策提言などを行っています。宇宙飛行士と宇宙投資家、宇宙弁護士をはじめとする専門家6人と一緒に立ち上げた団体です。
スペースポートジャパンには、不動産や金融、エアライン、メディアなど様々な業界の企業や自治体が加入してくださっています。地域レベルで見ても、北海道と和歌山、大分、沖縄はすでにスペースポートの構想を発表しており、様々な取り組みが動き始めていますよ。
<スペースポートマップ日本地図日本版 https://www.spaceport-japan.org/>
例えば新幹線やリニアモーターカーの駅ができる時は、鉄道業界以外の企業や鉄道がそれほど好きではない人たちも、「駅ができれば街が変わるぞ!」と盛り上がるじゃないですか。それは全ての業界の人に関わる話だからです。スペースポートにも同じようなインパクトがあるので、様々な業界の企業や人が注目し集まってきているんです。
──宇宙の専門家が多くいるスペースポートジャパンで、広告の仕事をしてきた片山さんはどんな専門性を発揮されていますか?
スペースポートは、宇宙ではなく、実は地上の話なのだと私は思っています。なので、地上において日常的に、人と人をつなぐ、企業と企業をつなぐ、人と企業をつなぐことで付加価値を創出してきた私の業務経験や知見でも、十分にお役に立てるのだと感じています。
スペースポートシティにおいては、構想図は理事として私が中心となりながら、電通の総合力をフル活用して制作しました。その当時は、スペースポートと言われても、それが一体何なのか、いくら言っても伝わらないんです。それどころかコンセンサスも得られていませんでした。まずはワークショップを開催してコンセンサスを得て、構想を可視化して、世の中に発信していって、それが世界中で話題になっていく流れを作りました。未来のビジョンを描くことで、その可能性に皆徐々に興味を持ってくれました。
©2020 canaria, dentsu, NOIZ, Space Port Japan Association.
スペースポートシティ構想図
スペースポートジャパン(https://www.spaceport-japan.org/)より
フランスのSF作家ジュール・ヴェルヌが、人が大砲に乗って月を周回する物語を作り、それに触発された人たちがロケットを開発して、アポロ計画まで実現したのと同じように、最初にビジョンをドーンと世の中に出していく役割は、まさにコミュニケーションの力が生かされる領域ではないでしょうか。
──いわゆる普通の会社員が宇宙を仕事にするために必要なことは何だと思いますか?
先ほども言った通り、全ての産業がもう宇宙と繋がっていく、と私は思っています。例えば、保険会社が人工衛星の企業や月面開発企業のリスクを補償する「宇宙保険」という商材がすでに存在します。これは、一見ぶっ飛んでるように思われるかもしれませんが、よくよく考えると、むしろ今求められる普通の保険商材だといえます。宇宙に人工衛星や探査機を打ち上げることは、様々なリスクの集合体ですから。そのリスクを最小限にするために提供されているサービスなんですよね。
ただし、これから宇宙が当たり前になるからといって、宇宙利用に固執しすぎると、それはそれで本末転倒なのではないか、とも思います。私の場合は、本当は宇宙にさほど興味がない、強い思い入れがないことを逆手に取ってやっています。宇宙という視点から見たときに、そこに新たなニーズや発見があれば、それは発展させていく。宇宙を「特別なもの」だと思いすぎず、ニュートラルに捉えると案外これからの時代はニーズがたくさんあるのではないかと思います。
──そうとはいえ、宇宙の仕事はハードルが高いようにも思えます。
私も、正直言ってこれまで相当無理をして宇宙の仕事をやってきました(苦笑)。普通は宇宙がテーマの仕事が来たら、「ちょっと無理かな……」と思う人が多いでしょう。そこで、「宇宙、何かいいじゃないか」「やってみようか」みたいな、既存の概念やビジネスモデルに捉われずに、新しくチャレンジすることの一つとして宇宙を捉える姿勢が重要になってくると思います。
月面開発の技術で地球の課題をまとめて解決
──宇宙に全身全霊をかけて挑んでいる人たちがいる一方で、宇宙を業界の一つとしてニュートラルに捉えられる人材も必要になっていくということですね。
そうですね。もともと宇宙開発は、第二次世界大戦から冷戦時代にかけて、戦争とは異なる形での国家威信の争いの中で取組が進み、アポロ計画も米国と旧ソ連の対立で「先に月に行った方がスゴイ!」という戦いから生まれました。膨大なお金をかけてでも月に行く価値があったんです。米国がなぜ有人月面着陸の瞬間を生中継したのか。それは米国のスゴさを世の中に知らしめるためだった、と言っても過言ではないでしょう。
画像提供:NASA
そうしているうちに、結果的に科学と工学が発展していきました。スプートニクもガガーリンもアポロ計画も、冷戦時代のコミュニケーション戦略、国家ブランディングとして発達したんですよね。
ところが日本では、科学と工学の発展の結果として宇宙産業が生み出されたと思い込んでいる人が多いのではないでしょうか。しかし、実際はその逆なのです。自分は理系じゃないから宇宙は無理だと考える必要はありません。そもそも、世界の宇宙開発は、国家ブランディングというニーズを発見し、そこに莫大な予算をつけたからこそ発展したわけで、科学や工学の発展はその結果にすぎません。なので、これからの宇宙産業のメインプレイヤーも、科学・工学系のみならず、様々なジャンルに広がっていくでしょう。
──今後はどんなチャレンジをしていきたいですか?展望を聞かせてください。
今流行りの典型的な宇宙活用だけをやっていると、レッドオーシャンに入ってしまうので、常にその先の先を見据えています。それは、「宇宙を使った地球の課題解決」です。
例えば、今注目しているのはNASAが主導して再び有人月面着陸を目指す「アルテミス計画」。アルテミス計画がアポロ計画と異なるのは、人が月面に長期滞在できるようにすることです。膨大な輸送コストがかかってしまうため、月面には地球から食糧や資材を持っていくことができません。なるべくそれらを“地産地消”する技術が必要になっていきます。
でもよく考えてみると、極限環境の月面で地産地消ができるなら、地球ではもっと容易にできるはずなんです。例えば、地球上で地産地消ができるユニットを開発して世界に輸出すれば、食糧問題もエネルギー問題も環境問題も解決する可能性があります。世界の戦争の発端の多くはエネルギーと食糧の奪い合いですから、もしかしたら戦争を無くすことすら可能かもしれません。このように、宇宙に行かずとも、地球上でビジネスが回り、誰かの役に立つのであれば最高じゃないですか。
こういった開発は、様々な業界のスタートアップも大企業が連携し、掛け算しながら生み出していく必要があります。産業や企業を繋げて新たなイノベーションを起こすというのは電通がこれまでやってきたことに近いものがありますし、電通のような会社が持つアグリゲートしていく力を生かせるはずです。このようにして、宇宙と宇宙じゃない産業の繋げること、未来を先読みして地球の問題の解決策をビジネス化していくことにチャレンジしていきたいですね。
取材・文/井上榛香 撮影/若林武志