■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は、都市部でのドコモの通信品質について話し合っていきます
ドコモの通信品質が低下? 原因は?
房野氏:最近、ドコモの通信品質が低下しているという話をよく耳にします。東京都内の一部エリアで、通信品質を改善したという報告も行っていますが、そもそもなぜ通信品質が低下しているのでしょうか。
石野氏:もともとの原因は、都市の再開発だったり、5Gを展開するにあたって4Gのエリアチューニングがうまくいっていないという点。コロナ禍でユーザーのトラフィックが増えて、増えたまま多くの人が街に戻ってきたことで、品質が著しく劣化する場所が出てきてしまいました。ドコモが通信品質を改善したと発表したのは、新宿、渋谷、池袋、新橋の4か所。SNSを見ていても、「ドコモが繋がらない」という意見を見かけますし、自分は職場が渋谷なんですが、駅前も駅の中も繋がらない。自宅では通信速度が3桁台のMbpsだったものが、混雑する場所に行くと、ガクっと速度が落ちてしまいます。
ユーザーからの批判が集中した結果、ドコモは品質改善に着手すると表明し、基地局の角度調整とかカバーエリアの感度を変えたりしつつ、トラフィックが均等になるように調節してきました。また、800MHz帯の電波が飛びすぎて、それだけを掴んでしまうユーザーが多いようです。どうしてもトラフィックが集中しすぎてしまうので、なるべく早く800MHzを切り離すようにしたり、一部エリアではあえてキャリアアグリゲーション(複数のLTE搬送波を同時に用いて通信を行う技術)をしないように設定している。イベントなどで人が集中する場所だとよく行われる手法ですが、「渋谷は毎日が花火大会」と言われるくらい人が多いので、こういう対応をしています。
新聞各紙にも一部エリアで品質を改善しましたと記載されていますが、実際に渋谷で使ってみると、確かにハチ公前とかだと、5G SAが入って高速通信ができるけれど、50mくらい離れた、三菱UFJ銀行のあたりまで移動するだけで、全然繋がらなくなる。大々的に品質改善を発表した割にはまだまだ……という印象です。5Gのエリア展開が招いたことだし、ちょっとずつチューニングのバランスが崩れることも起こりえる。改善したとは言うけれど、ユーザーが期待する〝ドコモ品質〟にはまだ、追い付いていないかなと思います。
石川氏:説明会などでドコモ側の説明を聞いても、結局対応は微調整でしかない。アンテナの角度を0.5度ずらしたとか言っているけど、もっと根本的な原因があるような気がしています。大手3社の取材をしたり、基地局ベンダーの話をいろいろ聞いていると、ソフトバンクは4Gのころから「Massive MIMO(マッシブマイモ/複数のアンテナを使い、高効率で高速な無線通信を可能にする技術のひとつ)」を導入していて、そこで5Gの技術を先駆けて得ている。そういう技術は、エリクソンとかファーウェイがやっていたので、そこのノウハウや技術が入っているだけに、KDDIやソフトバンクは、4Gのネットワークをひっ迫させていない。さらに4Gがひっ迫していないから、5Gへの転用もやりやすい。ここがドコモの通信品質と差が出ている部分というか、不調な理由の根底にあるんじゃないかなと、個人的には思っています。
結局、3社のネットワークについて、すべてを知っている人はいないと思うので、どうしても推測にならざるを得ないですけれど、考えられるのは、ドコモはNECや富士通と仲が良くて、そこに機材を発注している関係もあると思う。NECや富士通が4Gに関してMassive MIMOの技術を持っていない可能性があります。
房野氏:そうなんですか?
石川氏:5Gではやっていますけど。
石野氏:4Gではやっていないですからね。
石川氏:そう。あと、エリクソンとかに話を聞くと、エリクソンは世界中の通信キャリアとビジネスしているので、様々なネットワークでのノウハウがある。ネットワーク環境は今、グローバル規模で変化していて、端末もグローバルのものがほとんど。昔はNTTとNECなど、いわゆる〝ガラパゴスな環境〟で作っていけばよかったけど、海外の端末がどんどん日本に入ってきて、バランスが崩れてしまっています。
石野氏:それと、ソフトバンクでいうと、マッシブマイモ以前に、多分、セル設計が違います。ソフトバンクは、ウィルコムを吸収したこともあって、早い段階で電柱にバンバン建てて、狭い範囲を2.5GHz帯のAXGP(モバイルブロードバンド通信の規格の1つ)でカバーするなどしていたので、その豊富な基地局の一部を5G転用できています。転用したからといって、速度は変わらないといわれているけど、もともとバックボーンの容量がある細かい基地局があるので、そういう意味では都市部に強い。パケ詰まりのような現象は、ソフトバンクではあまり見られませんからね。
石川氏:ソフトバンクはウィルコムの基地局とAXGP、KDDIは基地局の数ほどそこまでないけど、LTEベースのWiMAXがあったので、結果としてiPhoneの容量を逃がせる。いち早くあの周波数帯で「TD-LTE」をやっていた2社が、データのトラフィックをさばけている。ドコモも3.5GHzを持ってはいるけど……
石野氏:少ないですよね。結局ドコモの発想は、鉄塔を立てて広いエリアをカバーするという時代のもの。それだけじゃなく、細かい対策もしてはいるけど、その対策はKDDIやソフトバンクのほうが早かった。
石川氏:あと、ドコモは「瞬速5G」とか5Gを特別視していたけど、KDDIとかソフトバンクは、「4Gでできるよね」という考えだったし、5Gをそこまで信頼していないというか、「使いにくい電波」とまで言う人もいた。だからこそプラチナバンドを転用したりする。継続的にやってきた強みが出ているなと思います。
法林氏:会社としての考え方の違いが大きいよね。NTTは「広くあまねく」がベースだし、役所に与えられたミッションをきっちりとこなすという意識が強い。今回の説明会ではアンテナの角度調整、出力調整、指向調整などをやったと説明していたけど、そんなこと、わざわざ報告するような作業ではなくて、キャリアならみんな当たり前にやっているし、微調整は日常的にやらないといけないことです。ほかのキャリアに比べると、抱えているユーザー数が多いので、大変だとは思うけどね。
今回の通信品質改善について、ドコモに「5Gがこんなに大変だと思っていなかったんでじゃないですか?」って聞いたら、しぶしぶ頷いていた。ほかの2社からは、大変だったという話を再三聞いてきたけれど、ドコモは5Gのハンドリングがうまくいかなかったというのは予想外なところがあったのかもしれない。それと、NTTは組織の運営形態が変わるタイミングだった。人材が流出している感じもあるのも、不安な部分かな。
石野氏:先ほど法林さんもおっしゃっていましたけど、ドコモは国の方針に従いすぎてしまうところがありますね。ほどほどで聞き流せばいいのに、「5Gの基盤展開に努めなさい」と言われたら、わかりました! っていろいろなところに3.7GHzや4.5GHz帯の設備を作ろうとしていました。料金プランの値下げがあって、収益が減っている厳しい経営環境下においてもです。
その後、総理大臣が変わって、「5Gを全国展開するべきだ」という方針に国が変わったため、ドコモは慌てて4Gから5Gへの転用を急ぎました。いきなり人員を増やすわけにもいかないので、ドコモ内のリソースがかなり転用のほうに割かれているみたいです。親会社の筆頭株主が財務大臣なので仕方ないことではありますが、国の方針に従いすぎてしまって、5Gを本当に広げたいエリアに広げられなかったというのもあるのかなと、話を聞く限りでは思いましたね。
法林氏:結局、NTTグループ全体の組織が大きく変わるタイミングなので、人事でかなりの異動がある。やり方を間違えると、技術開発の継承が難しくなってしまう。事業の進め方やいろんな手続きなども含め、NTT流とドコモ流では微妙に違いがあって、これまでのドコモ流のやり方ではできなくなってしまったのかなと思います。
石川氏:まあ、もともとドコモは、4Gがひっ迫しているので、なかなか5Gに転用できないという話もありますよね。
房野氏:4Gがひっ迫している理由はなにかありますか?
石野氏:ユーザー数が多いからですね。
石川氏:あと、ソフトバンクみたいに、基地局を密度濃く展開していないからです。
石野氏:そんな中で、4Gを転用してでも、5Gの人口カバー率を99%にしろっていうお達しが出るわけですよ。かわいそうといえばかわいそうですよね。
法林氏:さっきの石川君の話にもあったけど、周波数の割り当てを含めた、各社のネットワークの変遷を見ると、ドコモは元々、割り当てられた周波数が多いので、多少の混雑があっても比較的波風が立ちにくい状況が続いてきたと思う。ソフトバンクは、かつてプラチナバンドを割り当てられていない頃に、10数万局の基地局を立てていて、ネットワークの密度がある。KDDIはWiMAXもあるし、それがWiMAX 2+になり、TD-LTEになり、最近では新規割り当て周波数の2.3GHz帯も、誰も手を挙げていない中、唯一、立候補して獲得したなどの流れがある。そんな中、ドコモは5Gへの取り組みが中途半端で、全体計画の甘さが出てしまっている。そんな印象ですね。
石野氏:ドコモが無制限プランを提供し始めた時、「ネットワークは大丈夫なのか」と心配する声が上がっていましたからね。
石川氏:ついに、潜在的な不安が現実になったって感じだよね。ソフトバンクは、ファーウェイを含めて、TD-LTEを早めに導入できたのが大きいかなと。ウィルコムの事業を継承したは一見、貧乏くじにも見えたけど、あれで基地局が増えた。
法林氏:あと、アメリカの通信キャリアのスプリントで苦労した経験が、今になって活きているよね。
石川氏:ソフトバンクにはグローバルでの多様な知見があるので、ネットワークをうまく構築できているし、オープンシグナルの調査でも1位になれているのかなと。この辺りは、ソフトバンクにちゃんと話を聞いてみたいですね。
石野氏:ソフトバンクは、ネットワークの進化をにらみつつ、無制限プランの提供は慎重でしたよね。無制限になった時って、Massive MIMOを4Gに入れていくとか、ネットワークの目途が立ったので無制限にしますという説明をしていました。ドコモの場合、無制限ありきで始めてしまったような気がしています。
法林氏:ドコモは歴史的に見ても、基本的に他社への対抗策として無制限をやっている。かつての「パケ・ホーダイ」(2004年にNTTドコモが3G向けに提供したパケット通信料定額サービス)もauが先に「EZフラット」で定額制を実現したから、後追いで発表した。
石野氏:ちょっと見込みが甘い感じですよね。
石川氏:キャリアは今、経済圏で稼いだり、低容量のユーザーをいかに使い放題で契約してもらうか、そんなシビアな勝負をしている中で、ドコモのeximoは大丈夫なのかなと。ネットワークを改善しない限りは、契約者のデータ利用量が増えないから、使い放題の契約に移行してもらえない。かといって、解決策はあるのかな。
石野氏:それでいうと渋谷はいい例で、ハチ公前などは5G SAが入って超快適な一方で、少し離れただけで繋がらなくなってしまう。すぐそこの5Gを持ってきてくれ……とも思いますが、そう簡単な話ではないんですよね。
石川氏:5G SAも最初は東京駅の目の前にしかなくて、ようやく渋谷に展開できたところ。これだけ言われている中で、まだ2か所です。
房野氏:ドコモの通信品質で言うと、8月中旬に開催されたコミケ(コミックマーケット)でも、「ドコモだけ繋がらない」という声がありましたね。
石野氏:コミケもそうですし、音楽フェスなどでもそうですね。
房野氏:移動基地局車を出していても?
石野氏:出していてもです。フェスでは、運営側からも「ドコモが繋がらない」と名指しされていましたね。
石川氏:移動基地局車って、Massive MIMOは入っているのかな?
石野氏:入っていないんじゃないですか?
房野氏:ドコモはユーザー数が多いから、繋がりにくいのではないんですか?
法林氏:もちろん、ユーザー総数の比率と同じくらいになるはずなので、イベント会場などでもドコモユーザーが一番多いとは思いますが、年齢層などで極端に違いが出るわけではないです。
石野氏:ドコモユーザーが一番多いなら、他社と同じ数の移動基地局車を出していると、ネットワークがひっ迫するのは当たり前ですよね。加えて、ソフトバンクなどがマッシブマイモを入れていた場合は、その違いも出るはずです。とはいえ、ここまでさばき切れていないのはどうなのかな。
房野氏:今まで、ドコモの品質が悪いという話は、あまりなかったですよね。
石野氏:ここまで極端なのはなかったですね。
法林氏:この業界にいる僕らが使っていて、最近変だよねというレベルではなくて、一般のユーザーからも、繋がらないという声が聞こえるようになったので、相当深刻だと思います。
石川氏:ドコモユーザーのネットワークに対する不信感が出始めていますよね。
法林氏:かたや、衛星通信を使って、船の上とか山小屋とかまでネットワークを広げ始めているキャリアがあるのに、「品質が……」って言っているのは、単純にかっこ悪いよね。
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石川氏:ドコモから品質を取っちゃったら、何が残るのか…
石野氏:ドコモの品質低下は悲しいですけど、悲しんでいてもしょうがないので、自分はirumoの契約を3GBプランにまで落としてしまいました。
石川氏:まさにそれで、結局データが流れないということは、データ容量の消費が増えない。結果、収入は増えない。
石野氏:みんなirumoにしちゃいますよね。解約まではしないとしても、0.5GBプランにしてしまったら、1ユーザーあたり月額550円しか収入がなく、ARPUは下がってしまいます。ドコモはirumoを提供し始めたからこそ、より真剣にネットワークの改善へ取り組まないといけなくなっています。
法林氏:ドコモは最近、〝繋がる〟ってアピールできるシーンがあまりないよね。