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ドル円しか見ていない為替トレーダーを待ち受ける悲劇

2023.09.15

マーケットの急所 「クロス円」の円売り

ドル円での円売りの行方がにわかに怪しくなる一方、比較的安心してリスクテイクを続けられそうなのが、対欧州通貨で円を売る、いわゆる「クロス円の円売り」だ。消費者物価指数(CPI)の低下が続く米国と異なり、欧州の主要国ではインフレの高止まりが続いており、欧州中央銀行(ECB)をはじめとする主要中央銀行は当面利上げを続けざるを得ない状況にある。

対欧州通貨で鮮明な円売りトレンド

また、米中との比較で貿易規模も小さく、日本の金融当局や一般の関心も薄いユーロ円での為替介入については、あまり神経質になる必要はなさそうだ。さらに重要なのは、ドル円と異なり欧州通貨のクロス円は、昨年高値を既に明確に上抜けして上昇トレンドが鮮明なことだ。

株や債券と異なり、「バリュエーション」や「フェアバリュー」といったファンダメンタルズとの関係が不安定な外為市場では、理屈ではなく「トレンドに乗ることが大事(Trend is friend)」とされている。このため、クロス円での円売りは「短期的な投機」を生業とするトレーダーやヘッジファンドにとって、ドル円より「分の良い取引」と見られてもおかしくないだろう。

ドル円しか見ていない為替トレーダーの末路

為替トレーダーが「ユーロ買い・円売り」の為替取引をする場合、ユーロと円を直接交換するのではなく、流動性が高く売買の値幅が狭い(コストが安い)基軸通貨である米ドルとの取引を組み合わせるのが一般的だ。

例えば、「ユーロ買い・円売り」のポジションをとる場合、「円売り・ドル買い」と「ユーロ買い・ドル売り」を同時に実行することで「ユーロ買い・円売り」のポジションを合成する。このように、ドル円とユーロドルのレートを掛け合わせることで価格が決定されるためクロス(X)円取引と呼ばれる(図表6)。

クロス円での欧州通貨買いは、その構造上基軸通貨である米ドルを経由するため、ドル円でのドル買い圧力を内包している。そして、クロス円に起因するドル円の動きは、日米に関するニュースやファンダメンタルズとは関係ないものも少なくない。つまり、クロス円の動きが活発化すると、為替トレーダーはドル円の材料を見ているだけでは理解できない値動きに翻弄されることになる。

例えば、8月30日のニューヨーク市場では、米国の雇用関連指標やGDPの改定値が市場予想を下回り、米国債利回りは政策金利の見通しに敏感に反応する2年債を中心に大きく低下した。一方、同日のドル円は、米金利の動きに逆行して、145円台後半から一時146円台半ばまでドル高が進んだ。

こうした市場のちぐはぐな値動きの背景には、クロス円での欧州通貨買いの動きがある。同日発表されたスペインの8月のコアCPIやドイツの8月の統一基準消費者物価指数(HICP)がいずれも市場予想を上回ったため、ドイツ国債の利回りは大きく上昇した。そして、ユーロ円の終値は159円74銭をつけ、2014年12月以来の高値を更新した。

ユーロを待ち受ける3つのリスク

盤石に見えるクロス円での欧州通貨買いだが、その先行きは楽観を許さない。ユーロのリスクとしてまず意識されるのが、「①欧州の景気腰折れリスク」だ。米国との比較で潜在成長率が低い欧州経済が今後の利上げに耐えられるのか、注意深く見ていく必要があるだろう。

また、「②エネルギー価格の上昇」も気がかりだ。昨年の冬、欧州は記録的な暖冬によりエネルギー危機を回避した。例えばドイツ(ベルリン)の冬場(12月~2月)の平均気温は摂氏1~2度前後だが、昨年の年末年始には最高気温が20度を超え、1881年の観測史上最高を更新するなど、記録的な暖冬となった。

一方、足元では、長引くウクライナでの戦闘や主要産油国による減産により、原油をはじめとするエネルギー価格には底打ちの兆しが見られる。仮に、今年の冬が例年通りの冷え込みとなった場合、欧州経済をエネルギー不足・同価格高騰が直撃する可能性がある。

そして3つめが、「③中国経済への依存」だ。欧州経済のエンジンともいえるドイツにとって、中国はこの7年あまり最大の貿易相手国であり、交易金額は年間約3,200億米ドルにも達している(2022年)。現在、中国ではGDPの約3割を占めるとされる不動産セクターの不振による深刻な景気悪化が懸念されているが、中国経済の低迷は欧州経済や通貨ユーロに少なからず影響を与える可能性がありそうだ。

こうした3つのリスクが顕在化した場合、明確な上昇トレンドによって積み上げられたクロス円での「欧州通貨買いポジション」には、相応の巻き戻しが生じる可能性が高まる。そして、クロス円のポジション解消にともなう「ドル売り・円買い」が市場にインパクトを与える可能性がある。

ドル円の動きや日米経済しか見ていないトレーダーは、こうしたクロス円経由のドル売り要因を理解し機敏に反応することが難しいため、思わぬ怪我を負うことになるかもしれない。

さらに、こうした欧州リスクが現実となった場合、リスクオフにより安全資産である米国債買い(米金利低下)と円買いが生じることで、思いがけず円高ドル安が進む可能性があることにも留意が必要だろう。

まとめに

円安がじわじわと進んでいる。そして、円の実力・購買力を表す実質実効為替レートは、欧州通貨をはじめとする米ドル以外の通貨の上昇もあり、ドル円以上に大きく値を下げている。日米金利差の方向感への確信度が微妙になりつつある今、市場ではより安心感のある「クロス円」での円売りの動きが存在感を増しつつある。

このため、欧州通貨買いのトレンドを揺るがすようなイベントが生じた場合、その影響はドル円にも波及する可能性があるため注意が必要だろう。

出典元:三井住友DSアセットマネジメント

構成/こじへい

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