タックス・ヘイブンは、『租税回避地』『低課税地域』と呼ばれる国や地域です。その名の通り税の優遇措置があるのが特徴ですが、犯罪や租税回避に悪用されるケースも少なくありません。タックス・ヘイブンの概要や問題点などを幅広く解説します。
タックス・ヘイブンの基礎知識
タックス・ヘイブン(Tax Haven)は、税制上のメリットが大きい国や地域です。まずは、該当する地域や税制優遇の種類などを確認しましょう。
租税回避地・低課税地域を表す
『租税回避地』『低課税地域』とは、法人税・所得税といった『租税』の税率が著しく低い、あるいは免除されている国や地域を指しています。
タックス・ヘイブンと呼ばれる、租税回避地・低課税地域の一例は以下の通りです。
- ケイマン諸島(イギリス領)
- バージン諸島(イギリス領)
- バミューダ諸島(イギリス領)
- ルクセンブルク
- モナコ
- ドバイ
- シンガポール
- リヒテンシュタイン
タックス・ヘイブンは、アジアからヨーロッパ・中東・北アメリカまで、幅広いエリアに点在しています。
税制優遇の種類
一口にタックス・ヘイブンといっても、国や地域によって税制上の優遇措置は異なります。タックス・ヘイブンの主な種類は、以下の三つです。
- タックスパラダイス
- タックスリゾート
- タックスシェルター
ケイマン諸島・バハマのような『タックスパラダイス』は、『無税国』とも呼ばれます。国家間の税の配分を取り決める『租税条約』を締結しておらず、法人や個人の所得・相続資産には一切税金がかかりません。
『タックスリゾート』は、特定の企業や事業活動にのみ優遇措置をとっている国や地域です。優遇対象はさまざまですが、投資所得や知的財産に関わるロイヤルティ所得などについて低い税率を適用しているケースがあります。代表的な国としては、オランダ・ルクセンブルクなどが挙げられます。
タックスシェルターは、国外・地域外で発生した所得を非課税とする国や地域です。パナマ・マレーシアなどは、タックスシェルターに該当します。
主なメリットは税金を抑えられること
タックス・ヘイブンを利用する大きなメリットは、高い節税効果です。タックス・ヘイブンでは、法人税・個人所得税がゼロあるいは少ない金額で済みます。企業や個人が負担する税金額を抑えられるため、所得の最大化が可能です。
さらにタックス・ヘイブンの中には、海外からの企業誘致に積極的な国や地域もあります。短期間での会社設立が可能な上に秘匿性も高く、銀行口座や会社の情報は厳密に守られるのが特徴です。そのため、企業が税務コストを抑える戦略として、タックスヘイブンを選択するケースも少なくありません。
タックス・ヘイブンで節税ができる理由
租税率の低いタックス・ヘイブンは、節税に有効といわれています。タックス・ヘイブンの仕組みを踏まえ、節税につながる理由を解説します。
国や地域ごとに租税率が異なるから
タックス・ヘイブンが節税につながる理由は、国や地域ごとに決められる課税制度です。法人税・所得税を含めた租税率は世界共通ではなく、国や地域ごとに異なります。
企業や個人が経済活動などによって利益を上げた場合、その国や地域の課税制度に従って納税しなければなりません。「できるだけ資金を多く残したい」と考えるなら、租税率の低い国や地域で納税した方が有利でしょう。
例えば企業の実質的な税負担率を示す『法人実効税率(2023年1月時点)』を見てみると、日本は29.74%、ドイツは29.93%、アメリカは27.98%です。利益の約1/3が税金として消えると考えれば、タックス・ヘイブンの非課税・低税率のメリットは大きいといえます。
投資促進のために低税率を定めている場合も
タックス・ヘイブンが低い税率を維持する主な目的は、海外企業を誘致し、自国の経済を支えるためです。タックス・ヘイブンに該当する地域の多くは、十分な基幹産業・資源を持ちません。
そのため、低い税率や経済活動に有利な条件で海外企業を誘致し、登記手数料・会社設立費用などを得ています。例えばケイマン諸島で免税会社を設立する場合、政府の許認可や資本金の準備は不要です。企業は法人税・不動産税・相続税・付加価値税などの負担がない上、外貨両替についての規制も受けずに経済活動をスタートできます。
タックス・ヘイブンの問題点と規制
タックス・ヘイブンの利用については、ネガティブな意見も多く聞かれます。タックス・ヘイブンの問題点や国による規制を見ていきましょう。
脱税・マネーロンダリングの温床になり得る
多額の資金がタックス・ヘイブンに流れると、国は適切な税収を得られません。税収が減少すると『所得再分配』は困難になり、経済格差の拡大も懸念されます。
また個人情報が守られるタックス・ヘイブンは、犯罪組織のマネーロンダリング(資金洗浄)に悪用されるケースが多々あります。マネーロンダリングとは、麻薬取引や脱税といった犯罪行為などで得た資金の出どころを分かりにくくすることです。犯罪組織はタックス・ヘイブンの架空会社に資金を集めて送金や投資を繰り返し、捜査機関の摘発を逃れようとします。
マネーロンダリングされた資金が再び犯罪に使われるケースも少なくないため、タックス・ヘイブンには厳しい目が向けられているのが現状です。
世界的に強まるタックス・ヘイブンへの規制
2016年の『パナマ文書』・2021年の『パンドラ文書』などの公開で、権力者や大富豪による租税回避が判明しました。そのため、現在は世界各国でタックス・ヘイブンを利用した租税回避への規制が強化されています。
【世界】OECDの「グローバル・ミニマム課税」
2021年10月に、日本・アメリカ・イギリスなど38カ国が加盟(2021年6月時点)するOECD(経済協力開発機構)によって合意された税制です。
グローバル・ミニマム課税では、『世界の企業が負担する法人税の割合を、最低でも15%とすること』と定めています。グローバル・ミニマム課税の対象は、総収入金額7億5,000万ユーロ(約1,000億円)以上の多国籍企業です。『所得合算ルール』『国内ミニマム課税ルール』『軽課税所得ルール』の三つを設定し、該当の多国籍企業の税負担が15%に満たない場合は、15%まで追加課税できるようにしています。
日本では2023年度の税制改正で一部法制化が済んでおり、2024年度以降、段階的に導入される見込みです。
参考:グローバル・ミニマム課税への対応に関する改正のあらまし|国税庁
参考:6 グローバル・ミニマム課税への対応|国税庁
参考:OECD(経済協力開発機構)|経済産業省
【日本】「タックス・ヘイブン対策税制」
タックス・ヘイブンを利用した租税回避を排除する制度で、『CFC税制(外国子会社合算税制)』とも呼ばれます。アメリカやフランスなどにも似た制度があり、日本では1978年に導入されました。外国子会社がペーパー企業と見なされたり、規定の経済活動基準を満たさなかったりする場合、その所得は日本の親会社の所得に合算され、日本で課税する制度です。
なおグローバル・ミニマム課税の制度化により、タックス・ヘイブン対策税制にも変更が加えられる予定です。経済産業省は『税制のさらなる簡素化を進め、企業の事務負担を軽減する』と、大まかな方向性を示しています。
参考:我が国タックス・ヘイブン税制と租税条約の関係-租税条約締結国に所在する子会社への参加に起因する所得に対するタックス・ヘイブン課税の適用の可否-(要約)|国税庁
参考:令和6年度税制改正に関する経済産業省要望【概要】|経済産業省
タックス・ヘイブンに関するQ&A
タックス・ヘイブンについて、『違法』というイメージを持つ人は少なくありません。多くの人が感じる、タックス・ヘイブンの疑問と回答を紹介します。
タックス・ヘイブンでの節税は違法?
個人や法人によるタックス・ヘイブンを利用した節税自体に、違法性はありません。
例えば企業が外国に子会社を持ちたいとき、税負担の少ない国や地域を選択しようと考えるのは当然でしょう。実際に現地で経済活動をして所得を申告・納税するのなら、タックス・ヘイブンの選択は『タックスプランニング』の一つに過ぎません。
タックス・ヘイブンの違法性を判断する主な基準は、現地での事業実態があるかどうかです。『現地に事務所があり、会社が適切に管理している』『金融資産保有目的ではなく、事業実態がある』などを満たせない場合、脱税のためのペーパーカンパニーとして違法性を問われる恐れがあります。
タックス・ヘイブンへの資産移転は問題?
タックス・ヘイブンへの資金移転は可能ですが、現行の日本の法律では海外資産にも税金が課せられます。
日本では、その年の12月31日時点における海外資産が5,000万円を超える場合、『国外財産調書』を提出する決まりです。正当な理由なく書類の提出を拒否した場合は1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処される可能性があります。
タックス・ヘイブンを利用した租税回避もあり、国は海外への資産移転についても厳しくチェックしているのが現状です。租税条約を締結している国家間で情報提供をするなど、海外の資産状況は常に監視されています。タックス・ヘイブンに資産を移転したとしても、課税は免れない点を覚えておきましょう。
参考:No.7456 国外財産調書の提出義務|国税庁
参考:「国外財産調書制度」のあらまし|税務署
参考:税制 | 米国 – 北米 – 国・地域別に見る – ジェトロ
構成/編集部