大規模言語モデルをもとにした「ChatGPT」をはじめとする、生成AIが注目されるようになって久しい。業務効率化に活用を始める企業も増えており、今の検索と同じように、当り前の存在になる日もそう遠くはなさそうだ。一方でその活用にはプライバシーやセキュリティへの懸念も残る。我々は今後、AIとどう向き合っていけばいいのか。電通グループの横断型AIプロジェクトチーム「AI MIRAI」を統括する児玉拓也氏に聞いた。
電通 AI MIRAI AIビジネスプランナー 児玉拓也(こだま たくや)氏
2007年電通に入社し、デジタルプラットフォーマーなどのクライアント担当プロデューサーとして活動。経営企画セクションに異動後、2017年春に立ち上がった全社AIプロジェクトを推進し、2018年からはAIの活用を社内外で推進する横断型プロジェクトチーム「AI MIRAI」を統括している。23年からは持株会社の電通グループに異動。グループ全体の経営企画に携わっている。
ChatGPTでAIを扱う人の裾野が一気に広がった
──電通グループとAIの関わりについて教えてください。
2015、6年あたりから、電通グループとしてAIに関するさまざまな研究開発やプロダクト作りに取り組んできました。大学との共同研究で作ったAIコピーライターの「AICO」や、ディープラーニングでテレビの視聴率を予測する「SHAREST_LT」などのプロジェクトがいろいろスタートしたのもその頃です。人間の代わりに何かを作ったり、予測したりしてくれるAIを模索する中で、チャットボットを開発したり、SNSでのトレンド分析やバナー広告の効果予測にAIを活用するといったことをしてきました。
静岡大学との共同研究で生まれたAIコピーライターの「AICO」
──ずっとAIに携わってきた立場から、最近の生成AIブームをどう分析していますか?
ブームの要因は2つあると思っています。1つはやはり生成の精度が、段違いにあがったこと。今の「ChatGPT」の前身の「GPT-3」は、2020年の後半に開発されていて、その頃から「これはやばいぞ」と言われていましたが、精度の高い「ChatGPT」をみんなが使えるようになって、一気に注目を集めるようになりました。
同じように画像も、以前も小さい画像は作ることはできたんですが、「Stable Diffusion」や「Midjourney」では、人間が作ったと見紛うような精度のものが作れるようになった。どちらも技術的なブレイクスルーによって精度が高くなり、使えるものになりました。それともう1つ、僕はこちらの理由がすごく大事だと思っているんですけど、扱う人の裾野が広がったということです。
これまでのAIは大学や企業の研究室とか、システム会社のような技術系、理系のものでしたが、生成AIは言葉で動く。ノンコードで指示が出せますし、コストも驚くほど安いので、流行の担い手がこれまでのAIブームとは全然違っています。技術的なバックグラウンドのないクリエイターでも簡単に使えるようになったことで、触っていて面白いものがどんどん出てくるようになった。それが今の生成AIブームとこれまでの違いだと思っています。
──ChatGPTを業務に取り入れる企業も増えていますが、実際にそこまで使えるものになっているのでしょうか?
職種にもよるとは思いますが、私はもはやこれがないと仕事になりません。海外のグループ会社のメンバーとやり取りすることが多いのですが、英語が得意ではないので、メールの読み書きにも時間がかかる。自動翻訳は昔からありますが、長いレポートなどは翻訳しても読むのが大変です。それをChatGPTに投げて「要約して」と頼むと、要約した上で日本語に翻訳してくれる。「フランクな口調で」と頼んだら、返信するメール文も考えてくれます。
ほかにもアイデアを出すときのサポートとして、壁打ちのような使い方もできる。どういうプロンプトを入れれば、どういう良いアイデアが出てくるか、そこがうまく仕立てられれば、無限にアイデアを出すこともできます。
──ChatGPTではどうプロンプト(命令)を入力するかが重要になってくると思うのですが、どんな工夫をされていますか?
基本的には言った通りのことをやってくれるので、まずは普通に聞いてみるという感じですね。普通に聞いてその答えがつまらないと思ったら、じゃあ次の条件でというように付け足す、まだちょっとピントこないと思ったら、もう少し足したり引いたりしながらやっていく。せっかく言葉でやりとりできるので、あんまり構えずにいろいろトライをして、自分なりのやり方を掴んでいけばいいのだと思います。
──まるで人とのコミュニケーションみたいですね。
そうなんです。僕がよく言うのは、隣に座っている若手社員だと思って使うといいということです。例えばインタビュー文を渡して、「ここからおもしろそうなところを5個拾って」みたいなことを、若手にやってもらったとするじゃないですか。それがいまいちだったら、ちょっとアドバイスしてもう一度っていうのと同じです。コミュニケーションというか、ディレクションに近いかもしれません。
人間とAIが手を組んで、より高みを目指す
──マーケティングの分野では、どのようにAIを活用しようとしているのですか?
2つの方向があると思います。生産性を高める方向だと、弊社でもすでにプロダクトとしてリリースしているものがいくつかあります。例えばバナー広告とかテキスト広告の訴求の仕方を考えて、コピーの原案を作ってくれて、効果の予測もしてくれる「∞AI(ムゲンエーアイ)」だったり。あと今後はお客様がチャットボットみたいなものを作って、エンドユーザーとコミュニケーションするということが増えてくると思うので、それを素早くプロトタイプできるツールを作ったり、生成AIを使ってスムーズに何かを進めていくためのツールをいくつか提供しています。
その上で単に時短とか効率を上げるだけじゃなくて、ちゃんとお客さんのバリューにつながる設計をしていきたいと考えています。例えばチャットボットを新しいUIだと捉えると、その上でどうブランドを表現するかとか、ユーザーが話しかけたくなるような仕掛けを、タイミングとかシチュエーションもちゃんと見ながら作っていくとか、そういうことがすごく大事になると思っています。
一方で、人間とAIが協力してアイデアを出したり、一緒に物事を考えると、より広い視点が持てるのではないかという取り組みもしています。例えばビジネスデザインとか、新規事業の創造プロジェクトをやるときに、ワークショップで出てきたアイデアをベースに、AIを使ってより具体化したものを100個とか作って、それを人間が見てブラッシュアップしていくというようなものです。プロトタイプを作るとか、形にする部分をAIにやらせて、感覚的に選んだり、判断するところを人間がやる。そういう人間とAIが手を組んで、より高みを目指すという取り組みも始めています。
電通デジタルは、デジタル広告の運用型広告において、広告クリエイティブ制作のプロセスをAI活用によって革新する「∞AI(ムゲンエーアイ)」を開発した。
──AIというとよく、仕事が奪われるみたいな話しになりがちですが、そうではなくて、人間の可能性を広げていくためのツールだと考えているということでしょうか?
そうですね。例えば、今はデジタル化が進んで、ユーザー一人一人に異なったバナーを出すとか、47都道府県で全部違うパターンを出すということもできるようになっていますが、リソースの問題でなかなかやれていないと思います。でもAIを活用すれば、ユーザー一人一人にフォーカスした体験づくりもできる。AIを活用することで、広告などのパーソナライゼーションもすごく進むと思います。見ている人にしっくりくるような、そんなクリエイティブにパーソナライズしていくこともできると僕は捉えています。
一方で、さっきChatGPTは隣の席の若手社員って言いましたけど、これからはその若手社員がどんどん仕事ができるようになって、価値が上がっていく。マイクロソフトでは「Copilot(副操縦士)」と言ったりもしていますけど、そういう秘書とかアシスタントに近い存在になっていくのかなと思っています。一人ずつにパーソナライズされたAIアシスタントがつく時代も、もうそこまで来ていると思います。
──そうなったときには、どういう仕事をAIに任せて、どういう仕事を人がやっていくことになると思いますか?
そこはまだ模索中ではありますが、何かをたくさん処理しなければならないとか、長い文章を読まなければならないといった、シンプルな作業はAIに任せることができると思います。例えば、ChatGPTをインタビュアーにすることもできるんですよ。でも質問を考えてもらうことはできても、やはり人とのほうが話しやすいじゃないですか。深い洞察とか、言葉を引き出すというのは、人間じゃないとできない部分だと思います。
我々の会社を例にすると、AIアシスタントがつく時代になったら、人間に求められるのは飛び抜けたインサイトだと思います。妙なこだわりとか、変なものを発見する力とか、そういうようなところはAIにはまだまだ難しかったりするので。変態性とかオタク性とか、何かに対する強い思いみたいなことを、ちゃんと社会の価値に結びつけられる。そういう人材を増やしていきたいですね。
クリエイターになれてもすべての人が“プロ”のクリエイターになれるわけでなない
──今、ChatGPT以外にも、生成AIで注目されているものはありますか?
実はここ数ヵ月で一番進歩が著しいのは動画です。静止画の生成AIも「Stable Diffusion」や「Midjourney」の最新版では、かなりいろんなことができるようになっていますが、動画も飛躍的に技術が進んでいます。ただビジネス的に見ると、画像とか動画の生成AIは権利の問題など、言語に比べてまだはっきりしない部分も多い。だからこそ僕らがこの技術をしっかり形にして、使えるようにしていきたいとも思っています。
一方で先ほど仕事が奪われるという話しもありましたが、画像や動画の生成AIが、たとえば絵を描く人の楽しみを奪ってしまう可能性は当然認識しています。互いがウィンウィンになるようなやり方も、模索していきたいと強く思っています。
──それは、生成AIがあれば、誰もが簡単にクリエイターになれてしまうということでしょうか?
いや、そうではありません。アマチュアだった人がクリエイターを名乗ることは簡単になると思うので、「誰もが簡単にクリエイターになれる」というのは、その通りではあります。ただし、それを生業にしていく“プロ”のクリエイターに誰でもなれるかと言えばそうではありません。クリエイターというのは、スキルが高い人なんです。みんなのスキルが上がれば、上がったスキルの中でさらにスキルが高い人だけがプロのクリエイターになれる。誰もが簡単に描けるようにはなるかもしれませんが、生成AIを飼いならして、使いこなして、その中で際立ったアウトプットをしていく人が、次の時代の“クリエイター”なのだと思っています。誰もがそれで食べていけるかというと、それは違うというのが僕の考えです。
──生成AIの時代にプロのクリエイターとして生き残っていくためには、何が必要だと思いますか?
AIは既に誕生しているので、どう使いこなしていくかです。いろんなAIツールとカスタマイズして、鍛えて、一緒に仕事をしていくことが大事なのだと思います。みんなと同じツールを、みんなと同じに使っていたのでは差がつかないので、自分の強みと掛け合わせていくことが大事。漫画に強いクリエイターなら、過去の漫画のデータベースから名言を教えてくれるものとか、漫画風のセリフを作ってくれるものとか、写真を漫画風に変えてくれるものとか、そういうAIをいろいろ使えるようにしておくということです。
振り返ればアートディレクターという仕事も、カッターで雑誌などを切ってコラージュしていた時代から、今はみんなPhotoshopを使ったりしていますし、カメラマンさんも現像を依頼していた時代から、今はレタッチもするし、自分だけのプリセットを持っているわけじゃないですか。デジタル化とともに、そういうことがいろんな領域で起こっていて、今はクリエイティビティがAIをどう使いこなすかというところまで、広がってきているということ。プロンプトを考えるとか、どうディレクションをするかというところからさらに一歩進んで、これからはAIをいかに自分の強みを生かせるパートナーに育てるかということが、大事なのだと思います。
取材・文/太田百合子 撮影/干川 修