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「ストレスで母乳が止まる」は誤解だった!大災害が発生した時に本当に必要な母乳育児支援とは?

2023.09.01

9月1日は「防災の日」だが、とりわけ2023年は関東大震災から100年を迎える節目の年でもある。100年の間も日本ではさまざまな自然災害に見舞われおり、この先も私たちは災害に備えつつ生活を送らなくてはいけないだろう。

どんな人にとっても自然災害は恐ろしいものだが、とりわけ小さな子供がいる場合、その心配はひときわ大きなものになる。特に母乳やミルクが必要な赤ちゃんがいる場合、「オムツが足りなくなったらどうしよう?」「避難先で授乳はできるの?」といった不安を感じる人も多いだろう。さらには「災害時のストレスで母乳が止まる」といった話を耳にしたことがある人もいるかもしれない。災害への備えとして粉ミルクを準備している人も多いだろう。

しかし、この「災害時のストレスで母乳が止まる」というのは果たして本当なのか? いかにもありそうなことのように思えるが、実はそれは誤解だという。

母乳が出にくくなることはあっても、出なくなるわけではない

「大変な状況に遭遇すると一時的に母乳が出にくくなることはあります。しかし母乳産生が減少したり、止まるわけではないのです」

そう断言するのは、東京北医療センターの小児科医、奥起久子先生。そもそも母乳には母乳を出させる「オキシトシン」と、母乳をつくるために分泌される「プロラクチン」という2種類のホルモンが関係している。そのうちのオキシトシンは確かに災害などの強いストレス下で抑制されることもあるが、プロラクチンはその影響を受けないというのだ。

「ストレスで一時的に母乳が出にくくなったとしても、授乳を続ければまた出るようになります。にもかかわらず出なくなったと思い込んで人工乳に切り替えてしまうと、母乳の産生を減らしてしまいます。災害時に授乳が必要な赤ちゃんとお母さんに必要な支援は、安心して授乳できる環境を整えること。良かれと思って自治体やメーカーが母乳育児をしているお母さんにも粉ミルクを配付するケースもありますが、それは本当に必要な支援とはいえません」

参考:◆災害時によくいわれる誤解◆「ストレスで母乳が出なくなる」って本当?

避難所での母乳育児が赤ちゃんを助けることにもつながる

とはいえ母乳育児をしている人でも災害時に備えて粉ミルクや哺乳瓶、液体ミルクを備えている人は多いだろう。それによって「災害時に母乳がでにくくなったらどうしよう」という不安感が取り除かれるなら、それを咎めるべきではない。

それよりも奥先生が問題視するのは、自治体などが災害時にとりあえず粉ミルクを配付したり、メディア等が「災害時は母乳が出にくくなる」と警鐘を鳴らすような事例。どちらも一見赤ちゃんとお母さんに寄り添った行為のように感じるが、そうではないという。

「災害時には母乳がいいと言われるのは、ライフラインが止まって火も水も何もなくても、赤ちゃんに安全に飲ませられるということ以外に、感染予防ということがあります。様々な人が避難している場所では、感染症のリスクも上がります。そこで母乳をあげることができれば、母乳に含まれている母親由来の抗体が赤ちゃんに免疫として作用する。つまりその場所で母乳を飲んでいる赤ちゃんが多ければ多いほど、感染の拡大を押さえることが期待できるのです。それは結果的に人工乳で育っている赤ちゃんも守ることにつながります」

また厚生労働省の調査によれば、日本の生後1か月の子どもを持つお母さんの 96.5%、生後3か月では 89.8%が混合栄養も含めて母乳を飲ませているといわれている。万が一母乳を飲ませている赤ちゃんが一斉に人工乳に切り替えられたとしたら、人工乳が不足してしまうことになるかもしれない。つまり人工乳だけで育っている赤ちゃんを危険に晒すことになることが懸念されるのだ。

参考:どうする?災害時の赤ちゃんの栄養

液体ミルクは万能ではない…ミルク育児の人が災害時に気を付けることは?

ではそのうえで私たちが災害時を見据えてできる母乳育児支援は、一体どんなことがあるだろうか?

「とにかく母乳をあげている人が授乳に専念できるよう、安心できる環境を整備することです。例えば災害時のために授乳用のケープや授乳服を備えたり、避難所に安心して授乳できる空間を整えることも重要。何も特別な個室ではなくても、キャンプ用のテントなどで代用してもいいいかもしれません」

一方、母乳ではなくミルク育児をしている人は、災害時にどんなことを備えればいいのか? 近年は常温で長期間保存ができる「液体ミルク」も普及しており、災害時に備えると良さそうだが……。

「液体ミルクは確かに災害時に便利です。とはいえ飲み残しは廃棄する必要があり、粉ミルクよりもかなりコストがかかってしまいます。粉ミルクは欠かせないと思いますが、70℃以上のお湯での調乳や哺乳びんを洗浄・消毒して清潔に管理すること(煮沸でなく薬液消毒という方法もありますが、いずれにしても洗浄することは必要です)など、災害時だと困難になってしまう場合もありますよね。

もし清潔な哺乳瓶を確保できない場合、使い捨ての紙コップでもミルクを飲ませることができます。首が座っていない赤ちゃんでも実は縦にだっこすることでコップ飲みができるので、いざという時のために紙コップも備えておくといいでしょう」

またネットなどでは常温水で調乳してカイロなどで温めてミルクを作る方法も広まっているが、奥先生によるとこの方法では、細菌が増殖してしまい危険であるとのこと。災害時はもちろん、普段の生活でも絶対にやらないように注意してほしいとのことだ。国際的な乳児栄養の指針でも定められていることだが、災害時の栄養支援は適切な情報の下に、WHOの国際規準(※)に従って行われることが重要である。

※日本語訳は、下記のサイトから
要約:https://jalc-net.jp/dl/Code.pdf
全文:https://jalc-net.jp/dl/International_code.pdf

「災害時の赤ちゃんへの栄養支援」と聞いた場合、赤ちゃんがいない人にとってまったく関係がないように感じる人は多いかもしれない。だが、災害時に安心して授乳できる環境を整えることの大切さや、母乳育児をしている人に安易に粉ミルクを勧めないことなどは誰もが知っておくべき大切なことなのだ。

取材協力:奥起久子先生
東京北医療センター小児科医。母乳育児がうまくいくための支援に必要な一定水準以上の技術・知識・心構えを持つヘルスケア提供者で構成される「国際認定ラクテーション・コンサルタント(IBCLC)」の一員として、災害時の乳児の栄養支援に関する適切な知識の普及を行う。

取材・文/高山 惠

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