力学極性ゲル
生成系AIの言語モデルGPT-3のように、生活を豊かにする新たな技術的ブレークスルーの芽が素材研究の分野から誕生した。今年4月に理化学研究所が発表した力学極性ゲルだ。今後ミクロの領域においても力の指向性を簡単に制御できるようになる。同・創発物性科学研究センターの石田康博チームリーダーは話す。
「力学極性ゲルには主に2つの性質があります。ひとつは水平方向の力に対し、左右で異なる弾性率を示すこと。ゲル全体を左右に振動させると、片方だけが大きく揺れます。もうひとつは、垂直方向から1か所に円柱を押し当てると、左右非対称のひずみが生じること。ゲル上にボールを自然落下させると、ボールは前者の振動が少ない方向へ必ず跳ね返ります。つまり、力学極性ゲルを使えば力がかかる方向を任意でガイドできるのです。しかも、どれだけ小さく切り刻んでも、この性質は損なわれません」
実はこれまで人類はギアや爪などのパーツの組み合わせや外形に頼ることでしか力の指向性を管理できなかった。力学極性ゲルは力に対して極性を示す世界初の素材であり、この制約から解放する。医療、スポーツ、エネルギーなど様々な業界が熱視線を向けている。
現在は基礎学理を煮詰める段階。実用化まで10年単位の時間を要するが、電車や街路の振動を使った発電機の開発、人工血管やフィルターなど、幅広い分野で進化の起爆剤になる。
化学反応によってゲル内部に酸化グラフェンのナノシートを斜めに配置。シートがたわむなどして左右の弾性率に67倍もの差が出る。
力学極性ゲルの非対称振動は、重力に逆らって物質を輸送する
弾性率が低い方向を下にして垂直に振動させる。力学極性ゲルは上に行く振動だけを拾うため、ゲル表面に垂らした水滴が上に転がる。
取材・文/渡辺和博