格闘技イベント「PRIDE.1」を開催した榊原信行さんは、日本の格闘技興行の第一人者。自称“格闘技に全霊を捧げる男”であり、2022年の「THE MATCH」では、那須川天心×武尊戦で、6万人動員、総売上50億円という記録をつくりあげた。今回はビジネスで成功するマネタイズと、勝てるエンタメ・マネジメント論について聞いてみた。
五感で感じるライブイベントは絶対に無くならない
――日本の格闘技界をけん引するレジェンドとして知られている榊原さんですが、子供の頃から格闘技は大好きでしたか?
榊原さん 子どもの頃はテレビでプロレスやボクシング、キックボクシングを見ていましたが、熱狂的なファンといえるほどではありませんでした。
大学卒業を控えて就職活動をしている時、私はテレビ局の事業部を志望していました。当時はテレビ局がイベントを主催することに積極的で、私もそういうお祭りをつくることができたら、と漠然と考えていました。
その当時から、テレビやネットにより、映像で伝えることはできても、現場にある熱や匂いといったものは、現地に足を運び、五感で感じるものなのだ、という想いがありました。人間が人間である以上、五感で感じるライブイベントは絶対に無くならないはずだと、テレビ局の最終面接でも熱心に主張していた記憶があります。
社会人になって初めてK-1を見た時には、リング上で起こるKO劇が衝撃的で迫力があり、それまで触れてきた格闘技やプロレスにはない、リアルさと真剣さを感じました。
でも、「もう少し何かが足りない」と感じたのです。殴る・蹴るだけでなく、もっといろいろなことをすればいいのに・・・・・・漠然とそう感じていました。その後、K-1の名古屋大会を自主興行することになり、石井和義館長にご縁をいただき、1994年頃から格闘技の興行に関わるようになったのです。
榊原流マネタイズの感覚
――格闘技に大きな可能性があると見出したのですね?
榊原さん 当時から格闘技には大きな可能性が秘められていると感じました。例えばスポンサーセールスでも、広告媒体物として手のついていないものがたくさんあり、これはお金に変わると感じたのです。
リングマットに広告を入れてよいことを知り、名古屋にK-1をもってきた当初は東海3県に展開しているデリバリーピザチェーンのアオキーズ・ピザの絵を描きました。また、コーナーポストには当時名古屋に本社があった時計の量販店ウオッチマンの広告を入れました。
新刊「「負ける勇気を持って勝ちに行け! 雷神の言霊」のグラビアページ
榊原さん 格闘技は一対一の戦いなので見る人にとってわかりやすく、選手の表情が見えやすいのです。サッカーをはじめとしたチームスポーツの場合だと、特定の選手だけを追いかけるのではなく、全体を俯瞰しないことには本当の面白さが伝わりにくい。でもそうすると、選手の表情が見えづらい。その点、格闘技はテレビ向きでした。
けれども当時、格闘技界の人たちは、試合の放映権を売るという感覚をもっていなかったのです。私は試合をテレビ番組にしようと考えました。深夜放送として名古屋で行われた格闘技大会の模様を放送することにより、事業の協賛とCMの提供をセットにして売ることができれば、マネタイズできるという直感がありました。
名古屋のローカル放送局でスタートした格闘技の地上波放送は、東京の全国放送へと瞬く間に進化して行ったのです。
よく、このビジネス上の新しいマネタイズの手法や発想法などについて聞かれますが、私の場合は、常日頃からそういうことに絶えずアンテナを張っていたことが大きかったと思います。どうすればスポンサーにメリットがあるのか、どうすれば収益が上がるのかを、絶えず念頭に置いていたからこそ生まれたのです。
成功に欠かせない文章と交渉術
――榊原さんは1997年のPRIDE.1や2015年から始まったRIGIN FIGHTING FEDERATIONをはじめ、数多くの格闘技イベントを成功させてきましたが、交渉などビジネスで活かせるノウハウがあれば、ぜひ教えてください。
榊原さん 様々なビジネスシーンでいろいろ効果的なやり方があると思いますが、一筋縄ではいかない交渉の手段として、文字にすることの効果は実感しています。思いを伝える手段としての手紙の効果です。
興行の成否にかかわる重要な交渉において、選手に手紙を書いて渡すことがよくあります。PRIDE時代はもちろん、その後、RIZINを立ち上げてからも那須川天心、堀口恭司、ヴァンダレイ・シウバなど、数々のトップファイターに、自身の想いを文字にして伝えてきました。
元オリンピック選手である柔道家・小川直也にも手紙を書いてこちらの想いを伝えました。「柔道家の強さを証明して欲しい」と、我々の大会にでることの意義を理解してもらうと同時に、経済的な条件を提案するために、手紙を書いて渡しました。長い交渉でしたが、当初は難色を示していた小川も、最終的には「ハッスルのためなら」と首を縦に振ってくれたのです。
大事な時ほど文字にするという習慣は、誰かから教えられて身に付いたわけでも、誰かのマネをしたわけでもありません。この仕事をするなかで、どうすれば選手に真意を伝え、口説き落とせるのかを考えた末にたどり着いた手法です。
相手の立場で物事を考える
榊原さん 「交渉を上手にまとめるためにはどうしたら良いですか?」と良く聞かれます。書店でも駆け引きやメンタル論、交渉に関する様々なテクニックを紹介した本はたくさんあり、ネットでもこうした情報は世の中に溢れています。
私が格闘技界の人間なので、「相手の強みと弱みを握るんだ。自分の方が上だと示すことが重要だ」という回答を期待されている人は多いかもしれませんが、そうではありません。大切なのは相手の立場で物事を考える、という姿勢です。
交渉相手に「納得のいく交渉ができた」と思わせるような、土産をもっていくことが実は大切なのです。土産が交渉の切り札とも言えるでしょう。
例えばプロボクシングの5階級覇者、フロイド・メイウエザーとの交渉も、難航を極めました。2015年、アメリカで行ったメイウエザー対マニー・パッキャオとの王座統一戦は、チケット収入と同時に、全米・カナダ・プエルトリコを対象としたPPVのチケット販売数でも、歴代最高をマークしました。その記録はいまだに破られていません。
そんなメイウエザーとの交渉は、難しかった。彼は親日派で日本で試合を行うことには、理解を示してくれていました。順調に交渉を進め、記者会見を行ったところ、アメリカのボクシング関係者の中で、難色を示す人が出てきたのです。
「ボクシングで頂点を極めたメイウエザーが、日本のキックボクサーとボクシングのルールで試合をするのは弱い者いじめではないか」とか、「タイトルのかかっていない試合に出るのは、チャンピオンの価値を貶めるだけだ」といった批判的な声が出て、メイウエザーの心が揺らぎ始めたのです。
引退したとはいえ、母国アメリカのボクシング界との関りは、メイウエザーにとって大切なものです。試合はやりたいけれど、刺激したくないという気持ちは、私にも十分理解できるものでした。だから、その時の私は、アメリカ本国を含めた北米での放映を断念することに決めたのです。
私は北米からの放映権料というお金を放棄して、彼らと信頼関係を築くという無形の財産を優先しました。その結果、相手側からは「メイウエザーの懸念要素を払拭できた」という手ごたえを得ることができました。
交渉というと、どうしても自分たちの要求を通すことばかりに目が行きがちですが、それだけでは上手く行きません。いかに相手に土産を持たせるかが、交渉を成功させるポイントだと思っています。
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