プログラムの核心は「自分の問い」にすること
さて今回のプログラムでは、「フリーランスPRの社会的意義とは」というテーマについて、3時間以上のやり取りが行なわれた。参加者は、第一線で活躍するフリーランスの㏚パースン。参加者12人+堀越氏らが、ちょっと密気味な車座になり、何回かのフリートークを重ねていく。
この車座は、参加者全員が対等であることが視覚的にも空間的にもわかりやすくするために、歪みのない円にすることが大切なのだとか。また、隙間を作らないようにすることで、参加しているだけでなく、積極的に参画している感覚を醸すそうだ。
上/自己紹介的なアイスブレイクの後、全員が車座になる。一人ひとりが「フリーランスPRの社会的意義とは」について話し、その後に全員から質問し、それに答えるという形の対話をぐるりと一周する。
下/自分のキーワード作りについて説明する堀越氏と、それを聞いている参加者。
そうしたやり取りを交わした後に<自分が大切にしたい・基礎となる概念=キーワード>を見つけ、それを全員が全員に公開し、さらに「対話」を重ねる。
最終的には、<自分の問い(必ず「疑問文」の形にする)=マイパーパス>を導き出す。
筆者とは職種が異なるが、誰かのことを誰かに伝えるという行為には共通点が少なくない。そうしたことなどをベースにキーワードには「コトバ化」にすることにした。そこからマイパーパスとして「コトバ化の際、外してはいけないポイントは何か?」を導き出した。
上/ワークシート①。車座の対話を通じて、自分の大切にしたいキーワードを見つけていく。このワークシート①に書いた内容は、全員が、全員に向けて発表をする。その対話のなかで、自分の考えを深めたり、新しい気づきを見つける。
下/ワークシート②。この「自分の問い」こそが、マイパーパスとなる。本文でも触れているとおり、問いの形式にすることがポイント。記者が「コトバ化の際、外してはいけないポイントは何か?」としたのは、自分に制約を課す「べからず集」のような問いのほうが、キーワードで挙げた「コトバ化」で大事と思うことが実践しやすいような印象がしたため。が、これは、きっと個人差があるだろう。
このマイパーパスを作る際、疑問形、つまり問いの形にするところがポイントだと堀越氏は話す。
「このプログラムで扱っているパーパスはもちろんですが、他分野、たとえば人事などの課題でも、問いを養う・問いを立てる、自分の問いを持てることがカギだと思っています。
答えが一律的に出ないような哲学的な問いは、誰も特権的に答えを持ちえません。見方を変えると、誰もがそこに参与したり、コミットしたりする感覚を醸成することもできるのです。通常は閉ざされていて固定化した組織の風土や人間関係、パーパスといったものが自分事化できないのは、そこに自由な形で参与する余地が与えられていないからかもしれません。それに対して、哲学的な問いや、哲学対話のような実践をすることでオープンになったものは、『自分が自由に考えたり、意見を言っていい=自分がその一部分である』という感覚を持ち得るはず。『問い』は、様々なものを有機的にしていく事ができる力を持っているのです」(前出・堀越氏)
少し意地悪かもしれないが、記者のように企業のパーパスがまぶしく感じるような人は、自分が設定したマイパーパスと、企業のパーパスが重ならない、ということにならないだろうか。そんな質問を電通の担当者にぶつけてみた。
「本プログラムでは、企業のパーパスを無批判に受け入れよう、というものではないんですね。むしろ、自社のパーパスになんかモヤモヤすることはないか? というところからスタートすることを想定しています。そのモヤモヤ感の中から自分としての『問い』が生まれ、その『問い』を追求していくプロセスを通じて、自らの問いを立て、追求する姿勢を生成することを目指しています(電通・中町直太氏)。
なるほど。もしかしたら、モヤモヤを持ちながら哲学思考や哲学対話を実践していくと、何か自分なりの落としどころや、腹落ちが見つかるということなのかもしれない。
↑「マイパーパス策定プログラム」を担当する電通第4統合ソリューション局コーポレートトランスフォーメーション部シニア・コンサルティング・ディレクター・中町直太氏。
↑プログラムの最後に何人かがマイパーパスを発表した。他の人のマイパーパスを知るだけでなく、どうやって、そこに辿り着いたかを聞くことは学びや気づきにつながった。普段大事にしたい“心のツボ”を押してもらったような感覚が得られた。
アップルやグーグルには企業内哲学者がいる
現在は、大企業などを中心に実践しているという「マイパーパス策定プログラム」。今後は、どんな可能性があるのだろう?
「現在は、パーパスや人事などの引き合いが多いんですが、哲学対話自体は、商品開発などのクリエイティブな領域でも可能性があるはずです。欧米では、哲学プラクティショナーや哲学コンサルタントと呼ばれる、哲学の専門家がプロフェッショナルとして活躍しています。たとえば、アップルやグーグルでは、フルタイム雇用の企業内哲学者(イン・ハウス・フィロソファー)がいます。多くの仕事がAIに取って代わられ、単に言われたことをやればいい、商品を作って売ればいいという時代は限界が見えているなかで、答えのない課題に立ち向かうスキルが必要とされている。哲学を、どう上手に使うか。これが企業の競争力の源泉になるといっても過言ではないでしょう」(前出・堀越氏)
個人でも、生成AIから望ましい出力を得るためのプロンプトエンジニアリングが注目されているが、それと同時に堀越氏らが行なう哲学思考や哲学対話の実践も必要とされるのだろう。なぜならば、問いから問題解決の方法を見つけたり、問いを持ち続けることは、人間ならではの営みなのだから。
※記事作成にあたり、本プログラムにも参加した杖村紳吾氏の以下の論文も参考にした
ISM構造におけるパーパス策定の「分かりやすさ」についての考察
取材・文/橋本 保
hashimoto.tamotsu@gmail.com。1967年生まれ。フリーライター。暑いのは苦手だけれど、桃が食べられるので夏は嫌いではない。面白い本があったら、編集部にお送りください。紹介するとお約束はできませんが。