デジタル、クラウド、セキュリティ領域のコンサルティングなどを得意分野とするアクセンチュアは、2023年7月に今後数年間で企業が押さえるべきテクノロジートレンドをまとめた最新調査レポート『Technology Vision 2023』を発表した。そこから浮かび上がった現実世界(Atom)とデジタル(Bit)をなめらかにつなぐための4要素を 「デジタル・アイデンティティ」、「透明性のあるデータ」、「一般化するAI」、「サイエンスとテクノロジー」 と定義して、その背景や先進事例などを説明し、今後求められるアクションなどの提言を行った。
今回のプレゼンターは、アクセンチュア/テクノロジーコンサルティング本部インテリジェントソフトウェア エンジニアリングサービス グループ共同日本統括マネジング・ディレクターの山根圭輔氏。これまでも『Technology Vision』でさまざまなプレゼンを行ってきた。
アクセンチュアは、これまで『Technology Vision』として数千人規模のグローバル調査から世界のテクノロジートレンドを年次で予測してきた。今年も日本を含むグローバル企業の経営陣や企業幹部への大規模なアンケート調査を実施。そこでは全世界約96%の経営幹部が「今後10年間でデジタル空間と現実空間の融合がビジネスに変革をもたらす」 と回答するなど、生成AIなどの先進的なテクノロジーが、ビジネスの新時代を切り開くカギになると注目していることがわかった。
一方で多くの企業は、先進的なテクノロジーを導入することは、自社のグローバルな環境の変化に対応し続けるために必要と考えているが、そのテクノロジーを活用して全社的な変革が達成できていると考えている企業はほんの一部に限られているという結果も出ている。新たなテクノロジーの導入について必要と回答する企業幹部が96%なのに対して、実際にテクノロジーを活用して変革を達成できたと回答した企業は、わずか8%にとどまっている。
その解決策にもつながる「現実世界とデジタルをなめらかに融合する世界」を支える、『Technology Vision 2023』で発表された4つのテクノロジートレンドを紹介していこう。
現実世界とデジタルのなめらかな融合の例としては、内蔵している複数のカメラで視線を認識して周囲を再現し、現実の解像度に近づいたと言われるアップルの『Apple Visio Pro』が挙げられた。
トレンド1: Digital identity(デジタル・アイデンティティ)
サービス主導からユーザー起点のID生成
最初のトレンドは、デジタルID。これまでもデジタルIDの活用の成功がビジネスの成功に直結すると言われており、全世界85%の経営幹部がデジタルIDをビジネスが必ず考慮すべき課題だと考えているという。一方で76%の経営幹部は、顧客の身元認証に関する問題で収益にも問題が発生すると考えている。これまでのIDは、サービス主導のアイデンティティという形で、さまざまなサービスが独自に発行して、その管理を企業や行政などの組織が行っていた。これについて山根氏は、「本来ならIDを所持する自分自身が起点のはず。個人がIDを生成して、そこから企業はそのIDをどう使うかを考えていくという、企業による独占ではなく企画の統一とポータビリティが重要だ。だがユーザー起点のID生成には、いまだ到達できていない」と語った。サービスによるID生成ではなく、ユーザーによるID生成とは、どういったものかについてはインドのデジタルID基盤構想を例に紹介された。
インドでは、2009年の時点で人口14億人のうち4億人の人間がIDを所持せず、国民の17%しか銀行口座を持っていない状態だった。そこから国とIT企業が協力して14億人に金融サービスを届けて、国民が自分自身のデータを活用できるようにするための施策として、「India Stack(インディア・スタック)」を2010年から導入。このデジタルIDを基盤にさまざまなサービスやシステムを積み上げて大きな成果を上げているという。なかでも14億人分の本人確認済みの生成IDを発行する「Aadhaar」は、さまざまな公共サービスや金融サービスで利用されており、インドのスタートアップ企業の約84%がAPI経由で活用しているという。
「早い段階で生体情報と基本情報がきちんとマッチしたインド版のマイナンバーカード。銀行金融機関で口座を開設する時に、「Aadhaar」番号を入力してワンタイムパスワードを取得すると口座開設ができます。「Aadhaar」から個人情報が引き出されて、最終的にビデオ通話で本人のIDを確認する流れですが、すべて統一されたID基盤を組み込むだけで簡単にできる。こういったデジタル・アイデンティティを統一したことがインドのパワーになっています」(山根氏)
2010年からスタートして、現在は13億5000万人が「Aadhaar」に登録。インドでは、ほぼすべての金融機関が約10分で本人確認手続きが可能だという。
トレンド2:Your data,my data,our data(私たちのデータ)
データの透明性が貴重な資源になる
グローバル企業の多くは、データの独占や不透明な利用からの脱却が競争優位性の獲得に直結すると考えているという。いわゆる「透明性の窓」が重要になってくるが、ここでもインドの「India Stack」は「同意管理基盤(Account Aggregater)」を構築して成果を上げている。これは融資を求める個人事業主が、同意した情報だけ貸し手に共有できる共通基盤。個人が自分の既存取引先の情報を与信情報として貸し手候補に渡すことができるが、「Account Aggregater」がデータ共有許諾の管理だけ行って個人情報を一切入れずにAPIのやり取りだけで申請や審査などを済ませることができる。
そのほか、eコマースの共通規格化による市場の民主化を推進している「ONDC(Open Network for Digital Commerce)」と呼ばれるものも構築している。インドでは小売業に占めるeコマースの占める割合が4.3%と低いが、その6割をAmazonとFlipkartの2社が占めている。インド政府は大企業によるeコマースの独占を防止するために、ECポータルへの参加料で儲けるマーケットプレイスモデルを推奨しており、「ONDC」の共通基盤上で売り手側は全ECポータルに商品を提供して、利用者はEC全事業者から商品を探せるようになっている。こういった取り組みもデータの透明性と関連していると言えるだろう。
インドでは、販売元、配送業者、決済手段をすべて消費者が自由に選択できる。利用者は最安値で商品を購入し、値段と速さがもっとも良い配送業者を選んで効率よく利用できる。
会津若松とアクセンチュアはデータ共有で最適化を目指す
日本でもデータの透明化による最適化に着手し始めている。会津産業ネットワークフォーラムとアクセンチュアは、地域の製造業を束ねる共同利用型の経営プラットフォーム「Connected Manufacturing Enterprises(CMEs)」を展開。製造業の標準となる業務システム基板パッケージ(SAP)を共同利用し、定型的なところは共有して業務プロセスをプラットフォーム化。これで導入コストの削減やノウハウの共有による最適化を実現し、各社が独自に行っていたことで負担になっていた導入コストを削減し、それによって浮いたコストを独自のデジタル化などに活用できるようにしている。日本でも単独企業のデータ独占からデータ共有にすることで、競争優位につなげていく取り組みが始まっているようだ。
トレンド3:Generalizing AI(一般化するAI)
世界中で注目される生成AI
最近のテクノロジー関連では、生成AIは避けられないテーマだろう。日本でも経営幹部の99%が「生成AIの進化がエンタープライズ・インテリジェンスに新時代をもたらすだろう」と回答し、同じく99%が「生成AIを活用したソフトウェアとサービスが今後3年から5年で組織の技術革新と創造性を大幅に強化する」と考えているという。しかも日本は、世界の平均的な期待値より高い結果だった。そしてAIによるトランスフォーメーションとして「AIX(AI Transformation)」があると山根氏は語る。「AIXは、生成AIによって現実世界とコンピューティングの間をなめらかに融合されるUX革命を起業サービスの変革に組み込むことを指します。これまでは小さいデジタルツインのために大雑把で単純なロジックにより、商品を検索したらその商品ばかりリコメンドや広告が表示されていました。デジタルツイン自体が非常に大きくなって現実と融合できれば、その情報を生成AIによる高度な文脈理解によって文脈(コンテキスト)に寄り添うリコメンドやコミュニケーションを行うことができるようになります」
生成AIの活用については、ネガティブな面もあるという指摘もあった。日米の「GhatGPT」の使用用途を比較すると、アメリカではアイデアの生成が1位だったが、日本はビジネスメールの自動生成や定型文生成などの用途が1位で、必要な情報のリサーチが2位だった。
「日本ではAIに質問して答えを聞くみたいな形で使用している用途が多いが、生成AIは情報を教えてもらう物と考えていると、それで済んでしまう人にとっては不都合な未来が待っていると考えられます。熟練者やプロフェッショナルにとっては、生成AIを活用することでアイデアを深掘りしてアウトプットを高速に繰り返すことができるようになり、さらにできることが広がります。
一方で未経験者・初学者は、AIに頼ってAIが作ってAIが教えてくれると、当然ながら作業はその人じゃなくても経験者・プロフェッショナルが自分でやればいいという話になります。未経験者・初学者は、単純作業や簡単な作業をやることによって全体像をつかんで徐々に熟練者になっていく育成のプロセスがありました。そこをごっそりAIが取ることによって、未経験者・初学者と熟練者の差が大きく開いていきます」(山根氏)
現在では起業家支援コミュニティなどで、AIによるビジネス指南を学ぶことで頭角を現す人が登場している。スキルが低い若手社員の基礎レベル向上には、AIによる支援が有効というデータもあり、実作業での活用だけでなく、AIによる個別指導や自動車教習といった教育・訓練などでの活用も増えていきそうだ。
ただAI活用にも問題もある。米国では弁護士がAIによる資料作成で、架空の判例を引用したことが発覚して問題になったという。AIに丸投げすることは、まだリスクが大きい部分もある。今後は人材育成も含めて、AIをうまく使いこなすことが「できる社員」の条件になりそうだ。
トレンド4:Our forever frontier(フロンティアの果てへ)
サイエンステクノロジーが新たなカギに
現実とデジタルのなめらかな融合を実現するためには、「デジタルID」、「透明性の窓」、「AI」というキーワードが上がってきたが、その土台なるのがテクノロジーで強化された「Science technology」というキーワードが重要な位置を占めていくという。テクノロジーとサイエンスがフィードバックループで回っていくサイクルはこれまでもあったが、データとコンピューティングによる高速化が指数関数的に伸びたことによって、テクノロジーとサイエンスのフィードバックが高速回転・同時に発生するような事例が出てきているという。アステラス製薬「Mahol-A-Ba」という細胞創薬研究プラットフォームでは、複数の技術を組み合わせてプラットフォームを構築し、これまで研究者や技術者が習熟するのに多くの時間がかかったオペレーションを初見で実現し、熟練者の精度再現性の100倍から1000倍規模の実験が実現可能になっているという。
「テクノロジーで強化されたサイエンスは、一部の制約や企業だけに影響するのではなく、数珠繋ぎで関連しているもので、連鎖的にさまざまな業界に影響を高速に及ぼしていきます。世界のCEOは、テクノロジーで強化されたサイエンスによるビジネスの影響は、直近3年から5年で自社のビジネスプロセスを抜本的に変えると考えています」(山根氏)
ただ、こういったサイエンステクノロジーを単独企業のリソースのみで実現するのは非常に困難で、活用可能なテクノロジーの発展をキャッチして自社だけでなくさまざまなバリューチェーンを横断で検討・取り組みをして、最先端のスキルのある人材を共有して行くことが重要になってくるという。
AtomとBitが融合する時代に企業への5つの問い
『Technology Vision 2023』のまとめとして、山根氏は5つの問いが常に問われる時代になっていると語った。
1) Strategy(ストラテジー):現実世界にデジタルが融合する戦略になっているのか?
2) Architecture(アーキテクチャー):知性が組み込まれているのか?
3) Work(ワーク):人間と機械が協調する働き方が実現しているか?
4) Prople(ピープル):テクノロジーの活用が人材の育成を推進しているのか?
5) Innovation(イノベーション):テクノロジーで強化されたサイエンスと情報技術・制御技術によるイノベーションが実現できるように組み込んでいるか?
「すべての企業がテクノロジーによる新たな再発明を抜本的にやっていかなければいけない時代になっていく」と山根氏は語り、現実世界とデジタルがなめらかに融合すればするほど企業もIDやデジタルメディアなどを自社独占という形ではうまく行かなくなり、会社の垣根を越えて溶け込んでいく企業も出てくると予想されるという。現実社会とデジタルが融合する新しい世界では、企業の新たな形として「自社」と「他社」の垣根を超えてIDや情報をシームレスにして、囲い込みとは逆の発想の「融合」が重要なカギになっていきそうだ。
https://www.accenture.com/jp-ja/insights/technology/technology-trends-2023
文/久村竜二
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人口減少、高齢化、地域格差が待ったなしで進む日本において、DXによる社会の生産性の向上は喫緊の課題です。それを解決するうえでもデジタルアイデンティティの活用に関する議論がもっと盛り上がってもいいはずなのですが、いまひとつ注目されていません。
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