画像の低遅延処理など医療AI機器の課題に対応するNVIDIAのプラットフォーム
近年の医用画像領域でのAI利活用の活発化に伴い、外科手術用内視鏡をはじめとする、リアルタイムに画像を確認しながら操作が必要な機器においても、術者へのナビゲーションを中心としたAIの研究開発が進んでいる。
そのようなリアルタイムAI医療画像機器では、画像処理だけではなく組織のセグメンテーションなどの高度な画像認識を低遅延で処理する必要があり、映像信号入力からディスプレイ出力までの遅延を削減することが重要だ。
医療機器アプリケーション用 AI の構築と検証のためのNVIDIA IGX Orin 開発者キット
また医療AI機器には高い信頼性、長期に渡る供給性やサポート、ハードウェアやソフトウェア構成の整合性検証等も求められ、これらが迅速な製品開発における課題となっている。
これらの課題に応えるべく、NVIDIAが開発し提供しているのが、ソフトウェアと量産向けのハードウェアを含むNVIDIA Clara Holoscanプラットフォーム (以下Holoscan) だ。
ソフトウェアでは低遅延の医療画像機器に特化したOS、ドライバ、各種ミドルウェア、フレームワーク、ランタイム等からサンプル アプリケーション、さらにLinuxのセキュリティ アップデートも含む長期的なサポートを提供。
ハードウェアではすぐに評価や開発が可能なNVIDIA IGX Orin開発キットのほか、医療グレードですぐに量産対応可能な検証済のマザーボード、モジュール、外付けGPU、100G Etherネットワーク カード等のパーツ キットも提供する。
また、認定のパートナーによるカスタマイズや、ODM/OEMによる生産も可能だという。
Holoscanはすでに世界中のさまざまな医療機器メーカーやスタートアップ企業に高く評価されており、米国の大手医療機器メーカーであるMedtronicはFDA の認可を受けた初のAI支援型の大腸内視鏡検査ツールにHoloscanの採用を発表しているほか、医療機器スタートアップであるActiv Surgical、Moon Surgical、Proximie などが外科用ロボット システムを強化するため、Holoscanを活用している。
一方、国内でもHoloscanに対する関心が高まっており、国立がん研究センター認定ベンチャーであるJmees(ジェイミーズ)もHoloscanを高く評価する企業の一つ。
Jmeesでは手術中の外科医の臓器認識を支援するAIを開発中
Jmeesは「情報革命で外科の常識を創り変える」をビジョンとして、内視鏡手術時に解剖構造の可視化の支援をするAIシステムを手掛けている。
AIと医療のドメイン知識を融合させることで、医用画像処理の国際会議、MICCAIの画像認識コンペにおいて世界トップを達成する技術力を誇っている。
内視鏡手術はカメラや術具を腹部に挿入し、モニターを見ながら手術をするため従来の開腹手術に比べると傷跡や負担が少なく、近年は実施件数が急増している。
しかし、主要血管の損傷による大出血や臓器の損傷など、手術中に起こるトラブルも絶えない。
術中に臓器損傷が起こる理由は、執刀する外科医による解剖学的な構造の誤認や確認不足が原因の8割以上となっているという。
そこでJmeesが開発しているのが損傷率の高い臓器の注意喚起や認識支援を行うための術中AIナビゲーション システム。AIを使って解剖構造を可視化し、執刀医をサポートすることで手術現場に安全な医療をもたらすことができるのだ。
AIの特別な知識は必要なく、既存の内視鏡手術のシステムに、JmeesのソフトウェアがインストールされたPCを接続するだけでAIが解析した結果がサブモニターに出力。事前に指定した臓器や切ってはいけない臓器を光らせて提示することで外科医に簡単にフィードバックすることができる。
Jmeesが開発中のシステム概要(画像提供:Jmees)
同じように臓器損傷を防ぐという意味では尿管に蛍光色素を入れて光らせるシステムや、神経を同定するために神経刺激装置を使う手法、また術前にCTを撮影して横で見ながら手術をするといった手法があるが、尿管ステントや神経を見るためのモニタリング装置は追加の手間がかかり、追加侵襲もある。CTは手術中に動く臓器に対しては使えない。
これに対してJmeesが開発中のAIシステムは、血管、尿管、神経などあらゆる臓器に対応可能で、手間がかからず、追加侵襲もない。
Jmeesの目下のターゲットは骨盤領域だ。ここは狭くて深い空間に多くの臓器が入り乱れて存在しており、視認が難しいため、内視鏡外科手術支援AIが特に貢献する分野でもある。他領域の手術についても順次、横展開していくための開発を進められている。
JmeesはAIモデルのトレーニング、およびAIシステム自体にGPUが必要不可欠であり、開発段階においてさまざまなNVIDIA GPUを活用して検証が行なわれている。
その中で今回、 Holoscan準拠のビデオキャプチャ カードをHoloscan 開発者キットに取り付けた上で、内視鏡の映像をキャプチャ カードから入力 。
Holoscan SDKで処理したAIの解析結果がモニターに表示されるまでの内視鏡AIパイプラインの構築の過程と遅延時間に対する検証、評価が行なわれた。
入力から出力まで低遅延を実現、開発の省力化の可能性が示される
検証の結果、Holoscanで処理をしたうえでAIの解析結果がモニターに表示されるまでの遅延時間は130ミリ秒台前半だった。
今回の結果についてJmeesの代表取締役である松崎博貴氏は次のように述べている。
「もともと内視鏡手術システムは、AI処理なしでも内視鏡からモニターへの映像表示まで、100ミリ秒程度の遅延があります。それが、AI処理ありで遅延がわずか132ミリ秒というのは大変嬉しい結果です。外科医の遅延に対する要求は非常に厳しいですが、基本的に200ミリ秒以下なら遅延を認識しながらも手術は可能とされています。150ミリ秒であれば気づかない人は気づきません。130ミリ秒台前半というのは、ほとんどの外科医が遅延を感じないレベルです」
低遅延実現するうえで、Holoscan開発キットの演算性能の高さはもちろんですが、ビデオキャプチャ カードとのスムーズな接続性も重要だ。
リアルタイム画像機器では映像信号のキャプチャ部分が大きな課題となるが、NVIDIAはさまざまな外部のデバイス メーカーとの協業により、各社のI/OカードをHoloscanがサポートし、準拠するよう事前動作検証済みで、誰でも手間なくGPU Directという超低遅延伝送を実現できるように環境を整えている。
その認証済みのエコシステム パートナーの中から今回Jmeesは国内ではASKより販売されているYUAN High Tech(YUAN)のビデオ キャプチャカードを使用することで機器のスムーズな連携が実現した。
また、Holoscan SDKが開発の省力化に貢献する可能性についても評価された。
Jmeesは以前は独自にライブラリを使ってシステムを構築していたが、これに対して松崎氏は以下のように述べている。
「各種設定の完成度が高いHoloscan SDKを使うことで周囲のソフトウェアの開発を気にせず、独自モデルを配置するだけでアプリケーションの非常に迅速な構築が可能でした。また、通常は推論コードの最適化に手間がかかりますが、Holoscan SDKを使うことで自ら手を動かす必要がなく大変助かりました。今後複数のモデルを同時に動かすことも必要になりますが、Holoscanは15 ~ 30種類以上のモデルを同時に実行するための十分な処理能力も備えているため、その点も非常にメリットになると考えています」
Jmeesはこのような各種検証をしながらAIシステムの製品化、臨床現場導入に向けて準備を進めている。
関連情報
https://blogs.nvidia.co.jp/2023/07/26/holoscan-casestudies-jmees/
構成/清水眞希