TOKYO2040 Side B 第26回『DX推進の痛みが出ている今だからこそ人間の対話を』
※こちらの原稿は雑誌DIMEで連載中の小説「TOKYO 2040」と連動したコラムになります。是非合わせてご覧ください。
最近立て続けにDXに伴う“痛み”が可視化されています。前回はマイナンバーカードのトラブルについて触れましたが、春から続いていたChatGPTをはじめとした生成AIとどう向き合うかという話題や、さらにはThreadsの登場やTwitterのコミュニティノートが日本でも稼働したことによって、人間が発信する情報の質とその検証にも目が向けられています。
参考:本来の認証機能は問題なし!マイナンバーカードトラブルで国民が抱いた不安の正体
これらの現象は、このコラムで追ってきたDXの「X」、すなわち「行動変容」に伴うものだと私は考えています。単なるデジタル化を超えて、本格的に人々の行動が変わってきた。スムーズに変化に対応できる場合もあれば、これまでの歴史や経緯と合わずに軋轢を生む場合もあるでしょう。
ただ一つ言えることは、デジタルが効率化や便利さといったわかりやすい効果のその先を見せ始めているのは間違いがないということです。
国民の7割が所有したマイナンバーカードの「大きな溝」
先月に引き続いて、マイナンバーカードがニュースになっています。国民の7割が所有し、「持つ/持たない」は個人の選択ではあるにせよ、カードに対応した行政サービス拡充に迫られる時期にあらためて突入したと言ってよいでしょう。
参考:マイナカード交付、廃止除いた保有枚数8816万枚 総務省(7月14日、日経新聞)
参考:マイナカード自主返納 4~6月にかけ増加 制度への不信感多い(7月13日、NHK)
とはいえ、マイナポイント付与や健康保険証を兼ねる政策に後押しされて普及枚数を伸ばしたと言えますので、イノベーター理論で言われる「キャズム(先駆的に飛びつく層と、普及層の間には溝があることのたとえ)」越えのレイトマジョリティに浸透する時期に達したと例えるのは難しいと思います。カードはあくまで手段であり道具でしかないので、行政サービスそのものがまったくイノベーティブでなければ、何千万枚保有されようが、何も変わらないのです。
このままだと「KPIだけ先に達成してしまった実利のないプロジェクト」になりかねない。この大きな溝を越える際には、行政サービスの姿かたちも大きく変わり、便利だという「感想」がレイトマジョリティに届かなければなりません。そのためには以下の4つが重要です。
(1)枚数というわかりやすいKPIのみをDXの進捗と捉えず現状分析をすること
(2)「持っているけど困っている」人を探し出すこと
(3)行政サービスにおけるUI/UXの抜本的な改善や変化をすること
(4)認知度アップから感想の共有へとプロモーションを転換すること
これらについて説明したいと思います。
まず(1)ですが、保有枚数は増加しても日常生活にマイナンバーが溶け込んでいない、行政サービスを市民が受ける際にマイナンバーカードを使う機会がまだまだ少ない、という事実を見つめる必要があります。
少し視点を未来に置いて「あれもこれもマイナンバーでできていたはずなのに、できていないものは何か」と考えます。すると、そもそもデジタル化されていないために対応できないということがほとんどですので、これを解消しなければならないことに気づくはずです。
当然、すでに報道にあるように、既存のシステムでマイナンバーカードが使用できるにも関わらず不具合が発生しているような件は、今のうちに膿を出して修正すべきです。
次に(2)です。これはユーザー側に行政サービスDX拡大のヒントがある、という意味です。すでにカードという道具は行き渡っているのに、どう使えばいいのかわからない、実は使う機会があるのにアナログ手法で済ませてしまっている……。こういうケースを洗い出して明らかにしていくことです。この点が明らかになり、一度でも利用体験に導くことができれば、リピーターを増やすということにも繋がります。
三つ目です。(3)なのですが、この連載コラムでも触れることの多いUI/UXがまだまだ難しいということです。マイナンバーカードはあくまで認証や基礎情報の照会に使われるので、市民がそれを使った際にどういったアウトカムがあるのかを含めてパッケージしなければなりません。「本人確認ステップを1つ省略できた」というだけでは意味がないのです。
さきほどは、DXのXを行動変容と書きましたが、UXのX、すなわちユーザー体験でもあることを肝に銘じましょう。
(4)は、広告戦略と言いたいところですが、連日ニュースを賑わせていますし、認知度アップはずっとしてきていることですから、足りないのは「マイナンバーカードを使った体験の共有」ということになります。まだまだアーリーアダプター達の「口コミ」に頼るところが大きい時期なんですね。(1)~(3)ができていないと、これの発生を期待できない。
使ってみてこういう点が良かった、救われた、他の人にも勧めたい。仕込みやヤラセなしでネガティブな投稿の嵐を押しのけてこういった流れを作るには、まだまだ時間がかかります。
Thredsの登場とTwitterのコミュニティノートで「やさしい世界」は訪れるか
2週間ほど前、Twitterに大規模な不具合が起こり、利用者が移住先を探していたところ、FacebookやInstagramを抱えるMeta社が颯爽と「Threads」を公開し、5日間に1億人ものユーザーを集めました。この要因にはTwitterからの難民の受け皿になったということもありますが、10億MAU(月間アクティブユーザー数)を抱えるInstagramとの連携が大きいでしょう。
早速アカウントを作りましたが、なるほど、荒れていません。この理由はInstagramのユーザーがキラキラしているからではなく、「キーワード検索」ができないからだと直感しました。検索機能はあるのですが、アカウントしか探せません。(※本稿執筆時。Threadsの機能の記載については今後アップデートされる可能性があります)
また、Twitterでのリツイートにあたる「再投稿」の指標が無く、バズることの可視化がされていない。言い換えればTwitterほど優越感に浸れないものとなっています。
検索の制限とバズりへの極度の抑制。これがいわゆる「エコーチェンバー」を防いでいるとも考えられます。エコーチェンバーとは似たような意見を何度も目に入れることで自己の意見が強化されてしまうことを部屋での反響に例えた言い方で、似たようなものに「フィルターバブル」というのもあります。こちらはAIが検索結果などをもとに、ユーザーが好みと思われる内容ばかりを出してきてしまい、結果としてこれも偏見の強化に繋がるとされるものです。
さてこのThreadsですが、なんとなくTwitterの初期の頃を思い出しながら、知らない人をフォローしたり、何気ない日常の投稿に「いいね!」をしてみたりしました。とても牧歌的です。
人によってはフォローした人の投稿を一通り読み終わるとAIのサジェスチョンによってInstagramユーザーの文化をもろに受けた自撮り写真や、新しいSNSメディアに我先にと群がる情報商材的な投稿が出てくるなど、ミュートしないと使い物にならなかったそうですが、自分のところではそんなことはまったく起こりませんでした。ゆっくり使っていたからかもしれません。
もちろん、フォローする人や読んだり反応したりする投稿を偏らせていけば、先述した「ネガティブな投稿の嵐」をタイムラインに呼び起こすことはできそうです。けれど今のところは先程のAIのサジェスチョンも良いのか、穏やかに使っていけそうです。
対するTwitterには、先日「コミュニティノート」という機能が運用開始されました。どんな機能かというと、他人の投稿に対し注釈がつけられるというものです。
どんなものかについては、Twitter公式の「役に立つコミュニティノート」アカウントをフォローしてみると良いです。一目で「こういうものか」とわかります。
参考:役に立つコミュニティノート(Twitter公式のアカウント)
センセーショナルでいかにも煽っている投稿にノートがついているものもあれば、新聞の見出しが説明不足だという指摘のノートもあります。
短文投稿型のSNSは、思い入れでも思い込みでも細かいことを考えずに投稿して楽しめたのは昔の話。15年の時を経て「バズるメディア」となってしまったために、エビデンスありきで論理的、合理的、科学的な投稿をしなければこのようにツッコまれて恥をかく、という時代に突入しました。
しかし懸念があります。コミュニティノートを記載するツッコミ役も現在は「アーリーアダプター層」のようなもので、Twitter運営側の意図を汲んで、常軌を逸することのないようにできるかぎり慎重にノートを記載していると思われます。これが時とともに崩れる恐れがあるのです。
ノートをつけるには、ユーザーに一定の条件と申請が必要なため、初期段階ということもあってそれほどコミュニティノートの利用は増えていません。ですが、いずれこの機能を多くの人が使うようになると、どこかで「正義の暴走」が起こると予想できます。
これまでも似たようなものではすでに「WikiPedia編集合戦」がありますし、科学的な内容の投稿に対して、感情から非合理的な意見を祭り上げて数の力で潰しにかかるというのは、この3年間で何度も目にしたことです。
ファクトよりも、聞こえの良い発言、スカッとする発言、それを支持するノートに喝采が送られてしまう恐れは否めません。もちろん、コミュニティノートに反証として掲載された記事等が正しいのかどうかという検証は読み手にかかってきます。
さきほど紹介したThreadsの現段階での仕様に助けられる形でエコーチェンバーを防げている穏やかな環境と、長年で姿が変わってきたTwitterに登場した間違いを強力に訂正して周囲に示す環境。これも大きく人のSNS活動が変容している時期なのかもしれません。
エコーチェンバーやフィルターバブルにおいて、実際はサジェスチョン、つまり「おすすめ」フィードの投稿をピックアップするAIにもかなりのウェイトがあるのですが、高性能になり、目立って生活に浸透してくるAIに拒否感があるのもまた事実です。