世界のメダカ館 田中理映子 飼育員に「メダカとの出会い」「新種発見」「種の保存」について聞いた
世界のメダカについて話を聞かせてくれたのは、世界のメダカ館の担当飼育員である田中理映子(たなかりえこ)さん。
田中さんは、もともとメダカや魚類が大好きでというわけではなかったそうだ。大学時代は家畜である牛の研究をしており、動物全般が好きだったという。動物園に就職して大型の草食動物の担当になりたかった田中さんに告げられた異動先はメダカ担当。思いも寄らないことだった。
これまで携わってこなかった魚類。最初は戸惑った。そんな魚類ゼロスタートの田中さんがまず始めたのは、魚類について学ぶこと。さらに担当となった「日本のメダカ」と「世界のメダカ」について当時、写真や映像などはほとんどなく、調べることのできる資料としては、英語で書かれた論文しかなかったそうだ。
飼育しているメダカたちのために日々調べていると、メダカを研究している大学の先生に相談する機会に恵まれた。
そうやって日々メダカの研究と飼育の知識を増やし経験を重ねる日々。
メダカ担当になってまだ一年もたたない頃、メダカ研究をしている大学の先生がスラウェシ島(インドネシア)での現地調査に出向くという話を聞きつけた。目の前で飼育している「世界のメダカ」の生息地で実際にその姿を見ることのできるチャンスでもあり、普段から英語の論文でしか知ることの出来なかった生体をこの目で見る機会を逃してはならないと、その調査に同行したいと申し出たのだそうだ。
現地では野生で生息するメダカを見て田中さんに使命感のような「メダカたちのために!!」という思いが芽生えた瞬間だったという。このときから田中さんの「メダカファースト」な日々が始まったのだ。
2008年、スラウェシ島の調査で持ち帰ったメダカの中から、2014年に「ティウメダカ」と名付けられ、新種として認定された。この個体はティウ湖とよばれる小さな湖で採取された。日本のメダカと比べたら小さな3cm程のメダカである。尾の付け根から尾の先に向かってオレンジ色の縁取りが特徴的である。「ティウメダカ」は世界のメダカの中で36種目の新種である。
研究目的で採取されたメダカは、東山動植物園の世界のメダカ館にて繁殖し種の維持やデータの収集をしている。
この取り組みにおいて、2010年7月30日に東山動植物園は共同研究協定を琉球大学熱帯生物圏研究センターと結んでいる。
琉球大学と共同研究を行っている中で、37種目、38種目の新種として登録されたメダカがいる。
それは、2018年に37種目として認定された「ドピンドピンメダカ」と2022年に38種目として認定された「ランダンギメダカ」である。
「ドピンドピンメダカ」はスラウェシ島 中部 ドピンドピン川に生息。黄色みがかった体のベース色は、反射する光も柔らかい銀白色で涼しげで美しい。また、「ランダンギメダカ」においては、スラウェシ島 中部のチェレカン川に生息。採集した近くの村の名前から命名されたのだ。
これら3種のメダカは種毎に特徴が違うが、オスとメスによっても違いがあるのだとか。よく観察しているとその違いに気づくことができるだろう。
ここで、新種登録というのはどういう過程で新種と言われ認定されるのだろうか。
実は、ギネスのようにギネスワールドレコーズのような認定団体があるわけではない。
単純に言えば、新種かもしれない生き物の研究論文を書いて、研究対象を専門に扱った学術誌へ投稿して広く公に知らせることで、最終的に各機関に名前が登録されていくこととなる。
今回、田中さんが同行して採集してきた「ティウメダカ」だが、2008年採集から2014年の新種認定を受けるまで、6年の歳月がかかっているこの間、継続的に「ティウメダカ」を飼育して様々なデータを取得、メダカの特徴や生息地、形態的、遺伝的な情報などを研究論文にまとめる。その論文を学術雑誌に投稿し、多くの研究者によって査読(研究者が投稿してきた論文の、誤りの有無や掲載の適否について判断意見を出すこと)がされ、精度を増した論文は学術誌に掲載された後に、研究者によって、国際的な組織(国際自然保護連合、国際動物命名法規国際審議会)、学術団体や学会(日本動物学会、アメリカ魚類学会)、自然史博物館や研究機関(スミソニアン博物館、ロンドン自然史博物館)などへ新種の登録申請を行うのだ。
ところで、長年メダカ館でメダカの飼育・研究に携わっている田中さんだがメダカのどんなところが可愛いと思うのか聞いてみた。
なんと言っても「人に慣れる」ところだそうだ。
餌をやるときだけでなく、水槽に近づくと餌でないときにも集まってきてくれるのだとか。
また、メダカのライフサイクルは2年程と寿命が短いので、日々の変化が著しい。例えば、稚魚の成長に合わせて水槽の大きさを変えたときや、水槽の水を替えたときなど、見て分かるほどに元気に泳ぎ回る姿を見せてくれる。
普段世話をしていると、「泳ぎ方の違いや」「餌を食べない」など「病気」のサインにいち早く気づく。そんなとき治療薬を混ぜた水槽に個体を移し一晩休ませてあげる。翌朝には昨日のことがウソだったかのように元気に泳ぎ回って「元気だよ」とアピールをしてくれる。その姿にホッとさせられつつ、元気に泳ぎ回る姿に可愛さを感じるのだそうだ。
メダカのライフサイクルの速さを感じられるのは、なんと言っても「産卵」である。哺乳類の「種の保存」となると、繁殖計画が何年にも及ぶビッグプロジェクトになる。しかしメダカは計画を立てるまでもない。それは
年中「産卵」しているからである。展示している水槽の中でも朝一に来園者が卵を見つけることもあり、ときには、ふ化したばかりの稚魚は目をこらしてよく観察していると発見できることもあるそうだ。
展示しているメダカの卵は水草に産み付けられるだけでなく、メスがお腹の中で卵を抱えてふ化まで大事に抱えて泳ぐ種のメダカも居るそうだ。その姿は展示水槽ではっきり見ることができる。
お話を聞いていて「毎日産卵するのであれば、全ての種の卵は採取して繁殖させるのだろうか」という疑問が浮かんだ。
実は、増やさないといけない種類だけ卵を採取して、稚魚をふ化させて大きく育てる事はしているとのこと。
メダカのふ化のサイクルは、10日から2週間とどの種も同じで、稚魚の大きさが種によってバラバラなのだとか。
また、親のサイズになり展示スペースに移動してからは1年程で新しい個体と入れ替わっていくのだそうだ。
世界のメダカ40種のうち30種が飼育されている世界のメダカ館だが、そこで思うのは別々の種を混合で飼育することはないのかということを聞いた。当然メダカの種ごとに生息環境が異なることと、別々の種を人工的に同じ水槽に入れると雑種が生まれてしまうので、純粋な種を維持管理する上でも同じ水槽に種を混ぜて飼育することはない。
その東山動植物園のメダカ管理のすごさは展示エリアのバックヤードにあった。
展示水槽の裏は表の水槽の何倍もの数の水槽がところ狭しと並べられており、見上げるほどにどこもかしこもメダカだらけで様々な種、様々な成長過程、治療中などあらゆる状況のメダカたちの水槽が所狭しと並べられていた。
これはもう神秘的な光景である。さながら『メダカの神殿』と言っても良いだろう。