工事現場でよく目にする『プレハブ』ですが、正式名称が気になっている人も多いのではないでしょうか。プレハブの正式名称や意味、歴史などを紹介します。また一つ知識を蓄え、より教養のある大人を目指しましょう。
「プレハブ」は何の略?
プレハブのなんとなくの意味は分かるものの、正式名称までは知らない人は多いでしょう。プレハブの正式名称と意味を解説します。
「プレハブ」の正式名称
『プレハブ』の正式名称は『プリファブリケイテッドハウス(Prefabricated house)』といいます。英語に由来する言葉ですが、ネイティブでも『Prefab(複数形はPrefabs)』と略すことがあるようです。
日本でも同じ略称を用いていますが『プリファブ』では日本人にとって発音しにくいため『プレハブ』と訛らせていると考えられます。
「プレハブ」の意味
プレハブとは、建築用語で『既製の部品を組み立てて作られた建築物』を意味します。『Pre』とはラテン語由来の接頭辞で『~より前・あらかじめ』を意味する言葉です。『Fabrication』は『制作・製造』という意味です。
そこから転じて、建築用語では工場で生産した部品を現場で組み立てる工法という意味で使われており『プレファブリケーション』ともいわれます。
仮設住宅としてのプレハブ住宅になじみのある人は多いでしょう。しかしプレハブが指すところは、仮設住宅だけとは限りません。主にコンクリートを使った高層建築物『プレキャストコンクリート工法』や、主要構造部を軽量鉄骨で作る『規格建築』もプレハブ工法に該当します。
「プレハブ」の言い換え・類語
プレハブの意味が分かったところで、プレハブの言い換え表現や類語を見ていきます。言い換え表現を知ることで、より言葉の意味が理解できるでしょう。
「組み立て式」
プレハブの言い換え表現として挙げられるのは、組み立て式です。プレハブでは現場で一から部品を作るのではなく、既製のパーツを組み立てて建築する意味があります。
またプレハブ工法の一種として、ユニット工法もあります。ユニット工法とは工場で全工程の8割程度を完成させておき、現場で残りを完成させる工法です。現場での作業はほぼ設置のみのため、短期間で建物を完成させられます。
一口にプレハブといっても、いくつか工法が分かれているため、知っておくとよいでしょう。
「プレハブ」の歴史をひもとこう
ここからは一歩踏み込んで、プレハブの歴史をひもといていきます。この機会に、プレハブについて深く理解しましょう。
ヨーロッパで誕生したプレハブ
プレハブの起源は、18世紀末頃のヨーロッパだといわれています。当時のヨーロッパでは、列強が激しい植民地獲得競争を繰り広げていました。
植民地は本国に比べ、いわゆる未開の地です。そのため本国は病院や学校・政府系の建物などを建設し、新たに本国風の町を作っていく必要がありました。
建築物を比較的急速に建築するため、本国であらかじめ部材を作って植民地へ送り、現地で組み立てるという工法が用いられます。これがプレハブの始まりといわれています。
19世紀に大きく発展
19世紀に入ると、波形鉄板が発明されます。波形鉄板とは現代でもベランダやテラスに多く使われている、波の形をした部材のことです。波形鉄板は壁や梁にも使われるようになります。
こうした潮流を受け建設されたのが、クリスタルパレス(水晶宮)です。クリスタルパレスは1851年のロンドン万国博覧会の会場として建設された建物で、プレハブ工法で作られました。
クリスタルパレスの建設にあたり、今日にもつながるさまざまなプレハブ技術が用いられたといわれています。
日本に影響を与えた乾式組立構造
日本にプレハブが普及するきっかけとなったのは、ドイツのグロピウスが提案した乾式組立構造が日本にもたらされたことです。乾式組立構造とは、コンクリートなどの水を必要とする材料を使わない建築方法のことです。
乾式組立構造は戦前から日本で研究され、木製パネル式組立住宅など国内でプレハブ工法が発展していきます。その後燃えない住宅を目指し、鉄筋コンクリートを使ったプレキャスト建築も発展します。
第二次世界大戦が終わると、焼け野原となった日本には路上生活者があふれていました。戦後まもなくは資材不足により住宅が十分に供給できなかったものの、高度経済成長期に入ると公営住宅が供給されるようになりました。
ミゼットハウスの成功
1959年に大和ハウス工業が発売した、ミゼットハウスがプレハブ住宅として大ヒットを果たします。ミゼットハウスは『3時間で建つ勉強部屋』であるのに加え、11万円程度で注文できることから、爆発的にヒットします。
ミゼットハウスが生まれた背景は、ベビーブームによって住宅が手狭になったことでした。大和ハウスの創業者・石橋信夫は、近所の子どもとの会話をきっかけに、家が狭くて子どもが窮屈な思いをしていることに気付きます。
しかし当時の大衆は家を建て替えるほどのお金は持っていません。そこで、離れとして建てられる勉強部屋・ミゼットハウスの着想を得たといわれています。
構成/編集部