消費税の仕入税額控除に関する「インボイス制度(適格請求書等保存方式)」の開始が、2023年10月1日に迫っています。インボイス制度の開始に伴い、適格請求書を発行できない免税事業者は、取引先による発注価格の減額や契約打ち切りに遭ってしまうおそれが指摘されていました。
公正取引委員会は、インボイス制度の実施を契機とする免税事業者との取引条件の見直しが「優越的地位の濫用」に当たるケースがあることを示しています。
本記事では、施行が間近に迫りつつあるインボイス制度について、優越的地位の濫用に関する議論の状況を紹介します。
なお前編として、以下の記事も併せてご参照ください。
【2023年10月施行予定】インボイス制度の最新情報(その1)|登録期限・2割特例など
※本記事は2023年7月12日時点の情報を基に作成しています。
1. インボイス制度により、免税事業者が受ける影響
インボイス制度(適格請求書等保存方式)とは、事業者が消費税の仕入税額控除※を受けるために、原則として所定の事項を記載した適格請求書等(インボイス)の保存を義務付ける制度です。
※仕入税額控除:事業者が納付する消費税額を計算する際に、売上高に係る受取消費税から、仕入額に係る支払消費税を控除すること。
インボイス制度の下で、仕入税額控除を受けるために必要となる適格請求書は、税務署長の登録を受けた課税事業者でなければ発行できません。
免税事業者(前々年or前々事業年度の課税売上高が1000万円以下の事業者)が適格請求書を発行するには、税務署に届出を行って課税事業者に移行する必要があります。
免税事業者から課税事業者に移行すれば、消費税の納税義務が新たに生じるため、資金繰りの悪化は避けられません。
その一方で、免税事業者にとどまれば適格請求書を発行できないため、取引先に発注価格の減額を求められたり、契約を打ち切られたりするリスクが懸念されます。
2. 免税事業者との取引条件の見直しは、「優越的地位の濫用」に当たる場合がある
適格請求書を発行できない免税事業者との取引について、発注価格の減額や契約の打ち切りを見直すことは、「優越的地位の濫用」として独占禁止法違反に当たる場合があります。
参考:免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A|公正取引委員会
2-1. 優越的地位の濫用とは
「優越的地位の濫用」とは、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える行為です(独占禁止法2条9項5号)。
優越的地位の濫用は、独占禁止法によって「不公正な取引方法」として禁止されており(同法19条)、違反した場合は排除措置命令・課徴金納付命令の対象となります。
2-2. 免税事業者との取引見直しが、優越的地位の濫用に当たるケースの例
免税事業者との取引につき、インボイス制度の実施を契機として取引条件を見直すことそれ自体が、直ちに優越的地位の濫用に当たるわけではありません。双方が納得して取引条件を変更することは、「契約自由の原則」に照らして問題なく認められます。
しかし、発注者の地位が免税事業者に優越しており、免税事業者が今後の取引に与える影響等を懸念して発注価格の減額などの要請を受け入れざるを得ない場合は、優越的地位の濫用に当たる可能性があります。
一例として、以下のような行為は優越的地位の濫用に当たる可能性が高いと考えられます。
・免税事業者との再交渉が形式的なものに過ぎず、発注者の都合のみで著しい低い発注価格を設定した場合
・免税事業者から商品を購入する契約をした後で、免税事業者であることを理由に商品の受領を拒否した場合
・免税事業者に対して、発注価格を据え置く代わりに、協賛金などの名目で金銭の負担を要請した場合
・免税事業者に対して、発注価格を据え置く代わりに、自社の商品やサービスの購入を要請した場合
・免税事業者に対して一方的に発注価格の減額を要請し、それに応じないので取引を停止した場合
・課税事業者に移行するように要請し、応じない免税事業者との取引を停止する旨を一方的に通告した場合
など
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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