ニューロダイバーシティ運動の問題と課題「脳心同一説」
――これら4つの目的を果たすための運動ですが、益田先生が考えるニューロダイバーシティ運動の問題について教えてください。
益田先生 ニューロダイバーシティを理解するには、まずは脳心同一説を受け入れなければならないか?という問題があります。
脳心同一説とは、心は魂ではなく、脳という生物的な機械装置が生み出している現象に過ぎない、という説です。これは、魂などが存在すると考える、様々な宗教の教えと相反します。また、死後の世界も否定することになるので、輪廻天性や死後の世界を信じる人にとっても、受け入れ難いでしょう。
現代社会の大前提が変わってしまう恐れもある?
――実際、私たちが脳心同一説を受け入れると、何が問題になるのでしょうか?
益田先生 心同一説を認めた場合、現代社会における人権、個人の自由と責任などに対して、以下のような修正が考慮されることがあります。
まず人権についてです。脳が心を生み出しているとしたら、動物の場合は心があるのか? 心があるなら、彼らの権利はどうなのか?認知症など、脳に障害がある場合、おなじように心を持ち、権利があると考えても良いのか?脳死状態にある人には人権があるのか?など、見直さなくてはなりません。
次に個人の自由と責任です。
人間は、誰しも自由と権利が保障される一方で、責任も求められます。しかし、脳の特性が違うならば、皆に平等に自由と権利、責任を求めても良いのでしょうか?
子供や精神発達遅滞(知的障害)以外の人でも、脳の特性が違うなら、様々な水準で自由と権利、責任のあり方は異なるのではないでしょうか?
脳心同一説以外の哲学・倫理的な考え方を知っておく
――ニューロダイバーシティ運動に伴い発生する問題に対処するための、脳心同一説以外の哲学・倫理的な考え方を簡単に紹介してください。
益田先生 多くの異なる立場や理論がありますが、以下にいくつかの主要なものを挙げてみましょう。
二元論:心と物質(脳)が別の実体であると考える立場です。代表的な二元論者として、17世紀の哲学者ルネ・デカルトがいます。彼は精神と物質の二つの実体が相互作用するという立場をとりました。
唯心論:心や精神が実在し、物質はその心に依存するとする立場です。唯心論者は、現実は精神的な性質を持つものであり、物質はその精神的な側面に基づいて存在すると考えます。
パンプシキズム:心や意識は宇宙の基本的な構成要素であり、全ての物質に何らかの心的な側面が存在するとする立場です。この考え方は、意識のハードプロブレムに対する一つの解決策として提案されています。
実在論:現実は客観的に存在し、それは私たちの知覚や認識とは独立しているとする立場です。実在論者は、物質的な世界が現実であり、心や意識はその物質的な実体に基づいて存在すると考えます。
機能主義:心や精神は、物質的な脳の機能として理解されるべきであるとする立場です。機能主義者は、心的な状態は脳の特定の機能や役割によって生じると考えます。
倫理的相対主義:道徳や倫理は文化や個人によって異なる価値観に基づいて決まるとする立場です。相対主義者は、道徳や倫理が普遍的な真理ではなく、文化や社会によって異なる価値観を持つと考えます。これらは、哲学・倫理的な考え方の一部に過ぎませんが、多様な立場や理論が存在し、それらが相互作用することで、人間の心や意識、倫理に対する理解が深まります。
他にも、環境と運の問題や障害と個性、劣勢の区別。また、それを臨床で判断できるのか?といった問題や、社会的混乱、脳の可塑性、学習効果との兼ね合いや、本人の受け入れ難さ、劣等感と競争意識、承認欲求などなど、非常に難しい問題もあります。
経産省のサイトでは、実際にIT業界において、自閉症・ADHDといった症状を持つ発達障害のある方を雇用し、デジタル分野での高い業務適性を活かして収益化等に成功した事例などが紹介されています。
デジタル化が加速する社会における、企業の成長戦略として注目を集めていますが、上述したような、難しい課題や問題を抱えているという点も、把握しておくべきでしょう。
早稲田メンタルクリニック
院長益田裕介(ますだ ゆうすけ) 先生
精神保健指定医、精神科専門医・指導医岡山県出身、防衛医大卒。2019年12月14日よりユーチューブチャンネル「精神科医が心の病気を解説するCh」を配信開始。日々、精神疾患や治療法、カウンセリング技法などの解説を行なっている。チャンネル登録者数は32万人を超え、1日の再生回数は平均20万回以上(2022年7月時点)。また、患者さん同士がオンライン上で会話をしたり、相談ができるオンライン自助会を2022年3月24日より主催・運営するほか、精神科領域のユーチューバーを集めた勉強会なども運営している。