2023年のS級受講者は20人。有名人がズラリと並ぶ
それでも、将来の監督を目指してS級を取るべく奮闘している面々はいる。
2023年度は20人の受講生が講習会に参加。2006年ドイツワールドカップ(W杯)日本代表FW大黒将志(ガンバ大阪アカデミーコーチ)、2010年南アフリカW杯日本代表MF中村憲剛(JFAロールモデルコーチ)、2010年南ア・2014年ブラジルW杯日本代表DF内田篤人(JFAロールモデルコーチ)ら日の丸をつけた名選手たちがハードなカリキュラムを消化しているのだ。
講習会に顔を出したイビチャ・オシム監督の息子・アマル氏と話し込む内田篤人と中村憲剛(筆者撮影)
6月に行われた「モジュール2」は3週間の集中講習だった。12日からスタートし、1週目はメンタルトレーニングやプロフェッショナルコーチング論、世界のサッカー最前線など講義が中心だった。19日からの2週目は日本代表の森保一監督のレクチャーなど座学とともに指導実践が数多く盛り込まれ、26日からの3週目は指導実践が大半。各受講生は連日、グランドに立ち、何ができるかを問われたのである。
今回の指導実践は「22-23シーズンUEFAチャンピオンズリーグ準決勝・インテル対ACミラン戦の第2レグ」という想定で進められた。第1レグはインテルがアウェーで2-0で勝利していたため、2戦目を迎えるインテルは失点を極力しないような守備重視の戦い方が求められる。逆にミランは3点差以上の勝利がマストで、超攻撃的なサッカーを仕掛けていく必要がある。
それをトレーニングでどう落とし込むかは、各受講生のアプローチ方法次第。内田や大黒は欧州でプレー経験もあるし、中村憲剛もJリーグで長く活躍した選手だが、自分が実際にプレーするのと他の選手を教えるのとでは全く違う。その難しさを理解したうえで、彼らは試行錯誤を繰り返したのだ。
関西人らしい盛り上げを見せた大黒将志
まずは22日の大黒のケース。「自分はインテルの監督」という想定で、人数をかけて攻め込んできた相手をゴール前でしっかり守り、手薄になっている敵の背後にカウンターを仕掛け、ダメ押し点を奪いに行くという練習を行った。彼は引退後の2021年から2年以上、ガンバで2年以上、10代の若者たちを教えているだけあって「現場指導の慣れ」を感じさせた。選手にあまり指示を出しすぎず、考えさせ、時にリラックスさせるような工夫も凝らしていた。練習前のミーティング用に自ら作成した映像には、ロメル・ルカクなど両チームの選手同士がにらみ合う場面を盛り込み、笑いを誘ったという。
ガンバで10代選手を教えている経験値を発揮した大黒将志(筆者撮影)
「普段、ガンバでやってる指導は1つ1つのメニューの時間も考えなくていいし、選手ができるところまでやればいいけど、今回の指導実践は『事前ミーティング10分・練習35分・フィードバック10分』と決まっているんで、難しさはあります。
ただ、自分は岡田(武史)さんや西野(朗)さん、アルベルト・ザッケローニといったトップ指揮官の下でプレーしてきた。その経験が大いに役立っています。選手時代の経験を生かしながら、この講習会に取り組んでます」と神妙な面持ちで語っていた。真摯な姿勢で向き合ってくれる大黒の立ち振る舞いに参加した大学生も感心していた。
高度な言語化能力を駆使したコーチングに苦労していた中村憲剛
続いて中村憲剛。川崎フロンターレで板倉滉(ボルシアMG)、三笘薫(ブライトン)、田中碧(デュッセルドルフ)ら後輩たちに的確なアドバイスを送り、成長をサポートしてきた人物だけに、周囲からの期待は非常に高かった。彼の指導者グループは内田、北嶋秀朗(クリアソン新宿ヘッドコーチ)、島田裕介(大宮U-15コーチ)というそうそうたる構成。22日は中村憲剛が中心となって練習を組み立てた。
設定は大黒と同じで、インテル側の戦い方にフォーカス。守備で跳ね返すことに主眼を置いた大具ととは異なり、中村憲剛はボールを奪ってから鋭いカウンターを繰り出し、もう1点を奪って、トータルスコア3-0で勝ち切るところまで引き上げようと試みた。
「僕のテーマはカウンターの改善。練習前のミーティングでも狙いを説明してから始めました。反省点としては、途中のメニューのところでうまくボールを奪えなくなり、それを修正しようとしたあまり、止めて説明する時間が増え、練習が間延びしてしまった。言葉で説明しようとしてもなかなか難しいんですよね。オグリ(大黒)のように流してプレーさせ、選手たちに判断させてもよかったのかもしれない。僕はどうしても言い過ぎてしまうんですよね…」と中村憲剛は苦笑していた。
彼は日本サッカー界屈指の言語化能力の高さを誇る人物。それだけに、言葉を駆使したコーチングに偏ってしまいがちなのだろう。理解力の高い代表クラスの選手相手なら、それでも即座にピッチ上で表現してくれるかもしれないが、若手や経験不足の選手相手だとやはり工夫が必要になる。「近未来の川崎フロンターレの監督候補」と目される中村憲剛と言えども、まだまだ学ぶべき部分は少なくない。その現実を突きつけられることこそが、S級講習会の意味なのだ。
6月の集中講義の最終日。安堵感をにじませる中村憲剛(左)と北嶋秀朗(右)